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2022年8月

2022/08/10

『最高』の安売りはしない

日々の言葉の中で、
『最高』を連発する人もいる。

けれど、最高とは、
もっとも、素晴らしい…こと、
もっとも高みを極めている何かである。

だから、そう簡単には僕には、使えない言葉であり、使わない言葉。
番組でも、さような比喩、表現は、ほとんどしない。

最高が、最高ではなく、ベターに近いニュアンスになってしまうのが嫌なのだ。

岡田眞善の言う『最高』は、この程度か…になるか、岡田眞善が言うならば、
それは凄い…これ以上はない!となるか。

僕は、決して『最高』と言う言葉の安売りはしない。

最高…と言えば、それは相手は喜ぶだろう。けれども、正直でありたい。
他の人に伝える事も
仕事としての立場である以上、
相手だけではなく、
その言葉を知った人にもれなく、
『最高』であると認められ、
初めて、言葉を仕事にしている人間の
言葉の重みを認識して頂けると…。
そう思うからだ。

現時点での、『最高』には使うこともあるかもしれないが、それでも、私には、
抵抗があり、
死ぬ時に、あの僕が使った
『最高』は、唯一だったなと、
自信を持って、責任を持って死にたい。

だから、なかなか使わない。

『素晴らしい』を『最高』に置き換えて
表現する人が、いかに多い事か…。

最高!って言いたい瞬間もあるが、
グッと堪えて、冷静になる。

最高に裏切られた経験だってある。

だからこそ、冷静になる。

でも、決して
『最高』を言わないわけではないからね。

ただ、安易に使いたくないのだ。

そして、最高を、いとも簡単に受け取ってしまう人も多い。

最高は、とっておき…のために、
とっておこうよ。

ね。

そうしたい僕が、ここに居ます。

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2022/08/07

原動力となる人

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色々な原動力があると思う。

それは、維持する原動力だったり、
守る原動力だったり。

しかし、無鉄砲になれる原動力というのもあるかも知れない。

世の中には、人を突き動かす、
様々な原動力がある。

それが、モノだったり、環境だったり、
お金だったり…。

モノなどであれば、
それは手に入れば、
モチベーションを上げてくれるか、
さらには、愛おしく日々を過ごせるか、
期待はずれでなければ、
その関係値は持続できる。

まあ、僕の場合、
万年筆や、時計などは、数が増えれば、
同時に使う事はないわけで、
その内のひとつへの比重が、どうしても
軽くなるのが、パラドックスでもあるが…。


さて、原動力が『人』という場合、
それもあるだろう。

憧れだったり、
もしくはその存在自体が、
なんとも、説明つかない衝動を与えて
くれる何かであったり。

その時に、迎合するのか、
それとも、自然体であるかの違いも大きい。

迎合の場合は、それはいつか、破綻する。
自然体であるならば、そこには無理はなく、破綻はしない。

迎合ではなく、自然体でいること。
それが、この先を決める葛藤となる
側面でもある。

そして、必然と環境により影響を受けるのが人間だからこそ、
自分を俯瞰から見られるのかも、
そんな時を持つことも大切なんだと思う。

バイクで東京ゲートブリッジを渡る時、
東京を遠目に俯瞰から見る事が出来る。

そんな時に、自然体で思考し、
迎合か否かを俯瞰から覗く。

東京で起こるニュース、
それが、ちっぽけであり、
自分には関係のない事なんだと
思い知る。

原動力と遭遇し、それを見つける感覚。
鍛えるものではないが、
認識する素直さは持ち続けたいものだと思う。

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