« どこかで、自分を騙し騙し | トップページ | そして…言っていた事 »

2019/11/21

今日のグッディ、趣旨がちがーう!

昨夜レディオベリーの生放送終わって、 フジテレビが、週刊女性の記事を話題にした話をしてほしいと言うことで取材にやってきました。 そこで2時間以上はお話をしたのですが、 改めて、事情を説明すれば、 離婚の少し前に、俳優の一生の仕事として日本の映画を作りたいから、莫大な借金を抱える。それを君たちに迷惑をかけたくないからと言う理由で、離婚すると。 だからこそ、僕の弟はまだ中学生やそこらでしたが、養育費や慰謝料なども請求しないでほしいと。 その上で、離婚してみたら映画どころか新しい結婚。 おいおい!!! そしてその頃にはもう岡田から抜け出て鑓田眞澄になっていたのです。 『もう、僕は岡田ではないので〜』 そんな言葉で片付けられました。 まぁ、小さな恨みつらみは省くとして、 僕の弟、三男は、1番のお父さん子でした。だからこそ、裏切られたと言う感覚も当時強かったのでしょう。 僕は、大学を出て、普通にサラリーマンでした。サラリーマンでありながら、大学時代のバイトの影響もあり、その会社のラジオ番組を残業で担当させられたり…。 弟、三男も大学を出て、舞台の制作会社のサラリーマン。 それゆえ母親の前で、 弟は、社会人になってから、 『僕がプロデューサーになって父親を出演者として使って、お父さんに頭下げさせてあげるからね。』 と言う、いわば1番のお父さん子だったからこそのショックを受けてその反動で父親に頭を下げさせてやる!…というような思いが、彼にはあったわけです。 それが、アテネオリンピックの年、 父親を、使ってやる!が、実現する運びとなったものの、代役の効かない本番数日前になり、いきなり制作会社には、 『娘の運動会に出たいからこの舞台は出演しない』 などと制作会社に対して降板を申し入れてきたわけです。 当然その舞台は東京公演や大阪公演九州公演などがあるわけで、チケットも売れてしまっているわけです。 そのような段階になって弟からすれば、自分の手がけてきた仕事をキャンセルされ、すべての公演ができなくなってしまうと言う状況。 勤めていた、会社の中での責任、社会的責任、そして母親への責任。 後は逆にどこかで父親を信じていた三男の思いもあったことでしょう。 俳優としては尊敬していたわけですから、起用したわけであって、それが俳優として仕事に向き合う姿勢として、そういう理由で降板とは、どうなのかと軽蔑する思いもあったことでしょう。 アテネオリンピックのあった7月27日、朝、自宅の前で首をつって自殺しました。 『お母さんごめんね、僕ができる親孝行は、遺族年金だけになっちゃったよ。』 この言葉が、どれだけ僕らに重くのしかかってきたか。 母親からすれば、自分の息子を自殺に追いやる父親なんて父親じゃない。 母からすれば、残されて育て上げた息子まで私から奪っていくのかと。 それは僕らも思うところでした。 やはり親が自分の子供を自殺に追い込む…。これは絶対、人として許されるべきではない。 でも当時は、今のようにTwitterなどもないですから、父親の方がメディアで語ったことがそのまま受け入れられてしまいました。 さて、そんな事より、 想定もしていなかったお墓を、我が家は用意しなきゃならなくなりました。 眞澄さんが鑓田になったのなら、 暮石の名は、僕らは引け目を感じる必要はない。 堂々『岡田家』でと。 家紋だけは変えました。 でも、私の母は強い人ですから、その後いちゃもんやなんやかんや言うような事はありませんでした。 『関わらないで生きていこう』 という強い意志がありました。 いわば、これは、あちらのおうちへの、配慮でもありました。 それからずっと、その配慮は徹底されてきました。 でもね、人には自由と言うものもありますが、宿命と言う背負うべき立場からの配慮と言うものもあると思うのです。 自分が何かをすることによって、深い悲しみや、傷をえぐり返すようなこと。 それは避けるべきだと思うのです。 少なくとも、僕らの家族は、文化放送で『捨てられた家族』と当時言われました。 『そんな捨てられた家族は生ごみそれとも燃えないゴミ?』とかね。そんなことをラジオの生放送で言われたり…。 それを僕らは甘んじて耐えて聞き流すほか、なかったわけです。 自分がこの世に生を授かった背景、素敵な女性と言うのはそういうことを考えた上で配慮のできる女性こそが素敵な女性なのではないかなと。 自分が、岡田と言う名前を名乗ることによってメディアに取り上げられ、それは僕らの耳までも入ってきます。 当然、僕の母にも。 僕のラジオ番組にはおめでとうございますなどと言うメッセージもいっぱいきました。 僕は、まだ、それはそれでいいです。 まだ、僕は当時、そもそも大学生でしたし、興味は他にあったし…俯瞰で見ているので、さらには、もう慣れっこになってしまっていますから、比較的大丈夫なわけですが、明らかにそのことによって傷つく人もいるわけです。 ミスインターナショナルに出るのは良いよ。だけど、君のお父さんは、覚悟をもって、我が家を捨て、鑓田眞澄になったわけです。 それは、当時、表に出ることはなかった事です。 だから、静かにしていた、我が家があるわけです。それこそ、配慮でもありました。当時でも、週刊誌でなら、話題にもなった事でしょう。しかし、それは、しなかった。 耐えた母が意思を通しました。 だからこそ、そこは、 もう、母に、これ以上、痛みや悲しい過去を思い出させて欲しくないわけです。 傷つける思いはないにしろ、想像力があれば、傷つく人がいる事、わかってほしいなと。 ミスインターナショナル、 素敵な女性を目指すのであるならばそういった配慮のできるような女性になってなきゃいけないんじゃないの…というのが趣旨でした。 彼は鑓田になる事で、色々な問題を回避しました。 それは多岐にわたり、なおかつ、弟が自殺した一側面でもあったわけです。 それを今回、岡田として出られたことにより、弟の死をえぐり返されてしまう僕ら、家族があること。 もう、これ以上、母を傷つけるような事はして欲しくはないです。

配慮には、配慮を持って対応出来るのも、素敵な女性の条件ではないですかと…。ね。


と、僕は聞かれたから答えたまで。

能動的にクレーム言ってるわけでもないし。

岡田を名乗るな!とか、目に見える浅はかなクレームじゃん。今日のグッディのは。

そんな事を話したわけではないのは、ディレクターさんもわかってたはずじゃないの??


放送後にディレクターさんから謝罪の電話があったけど、個別に謝れば終わっちゃうことなのかね~…。

|

« どこかで、自分を騙し騙し | トップページ | そして…言っていた事 »