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2019年11月

2019/11/30

宇都宮まで

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初めて見る新幹線に感動。

毎週、お父さんは乗っている・・・と知って、

尊敬された。(笑)

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帰りは、あやめと、夕飯食べながら。

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2019/11/27

新しい名刺入れ

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名刺入れ、新しくして、ブライドルレザーのものを。

いずれ、財布も同じシリーズにしたい・・・

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2019/11/22

4DX

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いやー、これは可能性凄いね!

恐れ入りました。

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そして…言っていた事

今回のフジテレビ、グッディのインタビューを受け、ほんと、情けなくなるばかりな、今…。

実は、
それ以前に、なんで兄として妹の快挙を
祝う事が出来ないのだと言う批判もいっぱい受けました。

だけれども、それは見出しだけを読んでまたは見出しだけから想像して僕に投げかけられた言葉でした。

僕の番組にも、おめでとうメッセージが届いたり。

それを、僕は、どう受け止めるべきだったのでしょう。

それをを、不快に感じたら、ダメだったのかと。


人の命の灯が消された…と言う事実。
それが弟であると言う事実。

それを無視して、やはり妹の快挙と言うものは祝えないものです。

たとえ父親が同じであろうとも、誰か他人の心を思いやること、人の悲しみを想像することのできない人間であると言うのは、僕は悲しい限りです。

人にされて嫌な事は、他人様にするな。これは基本ではないでしょうか。

美しい女性と言う基準に関しては、僕は母を見て思うところ、学ぶところがいっぱいあった人間です。

その基準からすると、外見ではなく、
心の内の問題。そこが美しい女性きれいな女性と言うのも、言葉の上でも、日常でも大切なことなんではないでしょうか。

仮にもし、彼女が違った形でがんばっているのならば応援できたかもしれません。

しかし今の彼女の頑張り方では、悲しむ人が複数いると言うことを彼女はわかっていないのかなと。

もしわかっていないのであるならばそれはデリカシーに欠けると言う判断に僕らはなってしまう。

僕はすでに、社会に出て、良いことも悪いことも褒められも怒られもしてきました。

完全なる模範的な市民であれ!ということではありません。

そうではなくてももし芸能界に身を置くのであるならば、

人の気持ちのわかる人間でなければ、芸能界に身を置く資格はないと僕は強く思うのです。


離婚の時に、慰謝料も求めず、
凛として、
最大限譲歩し、
一人の俳優のその後の歩みを止めなかった、配慮をした、その時の妻、

つまり、僕の母という女性に対し、
そこからまた大切な子供までも自殺に追いやられ、それでもまだ、
元、夫を破滅させるような言葉を口にせず、配慮した女性に対し、
自身の子供、僕の弟でもある三男の死後もなお、
配慮という名の下に、慎み深く、言葉を発することのなかった、僕の母親に対し、
これ以上にも、仕打ちになるような事、繋がることをするのは、やめて欲しいと願うばかり。

でも、そんな配慮を察することなく、
芸名?とし、名を使う事の出来てしまう彼女というのは、
僕の母が、最大限の慎みを実践していたからゆえ、今がある。

今、僕らも、彼女も、その恩恵を受け、今があるのにかかわらず、
それに気付かないからこそ、
今の活動が出来てしまっているのかな…などと思う、近頃です。

人は自由であるべきですが、
宿命というものもあると思うのです。

その逃れられない宿命の中で自由なんではないかなと。
そこには、自分の背景というものがあります。その背景を背負うならば、せねばならない配慮もあるわけで…。

もう、これ以上、母を、そして僕らを苦しめないで欲しいという本音。

以上が、僕が取材に対し、答えた趣旨でした。

その上で、

突如として、墓を作らなきゃいけなくなった時、

父が自殺に追い詰め、僕らから奪った弟を送るとき。

僕らは、残された『岡田』として、お墓をつくり、弟を埋葬しました。

今回の取材で、『岡田という姓は名乗るな』と僕は言っていません。

6回ほどにわたり、ディレクターさんに『この一言、岡田という姓を名乗るな!と、どうしても言って下さい。そうでないと、帰れないので…』というような事を言われ、

何度も、
『僕には、そんな事を言う権利はありません』と、お断りしていましたが、
そのカットは、しぶしぶ、CM用のセンセーショナルなカットとして、懇願されて、一言を。

他にも、『裁判にして訴えたり、しないんですか!!』と。

逆に僕は、『そんな事、出来るはずないですよ。それは彼女の自由なんですから。』と。

逆に笑ってしまうくらいに、センセーショナルにしようとしてるんだなと、感じました。

今回、
RADIO BERRYのスタジオで取材に応えたからこそ、
ちゃんと全てが録音して、そんなやり取りなんかも、残されてるわけです。

人は自由であるべきだけど、配慮という言葉を知ることも、素敵な女性ならば、ないと、だめでしょ。どうなの?と。

今回、コメンテーターのみなさんは、あのスタジオで曲解され、勝手に作られてしまったものを、説明受けてなら、当然のコメントだなと。

謝罪されたって、放送されてしまったものは、もう、勝手に一人歩き。
放送で大切にすべき事、
明日のNack5、RADIO PHANTOMの放送に向けても、反面教師になるコンテンツだったなと、振り返るばかりです。

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2019/11/21

今日のグッディ、趣旨がちがーう!

昨夜レディオベリーの生放送終わって、 フジテレビが、週刊女性の記事を話題にした話をしてほしいと言うことで取材にやってきました。 そこで2時間以上はお話をしたのですが、 改めて、事情を説明すれば、 離婚の少し前に、俳優の一生の仕事として日本の映画を作りたいから、莫大な借金を抱える。それを君たちに迷惑をかけたくないからと言う理由で、離婚すると。 だからこそ、僕の弟はまだ中学生やそこらでしたが、養育費や慰謝料なども請求しないでほしいと。 その上で、離婚してみたら映画どころか新しい結婚。 おいおい!!! そしてその頃にはもう岡田から抜け出て鑓田眞澄になっていたのです。 『もう、僕は岡田ではないので〜』 そんな言葉で片付けられました。 まぁ、小さな恨みつらみは省くとして、 僕の弟、三男は、1番のお父さん子でした。だからこそ、裏切られたと言う感覚も当時強かったのでしょう。 僕は、大学を出て、普通にサラリーマンでした。サラリーマンでありながら、大学時代のバイトの影響もあり、その会社のラジオ番組を残業で担当させられたり…。 弟、三男も大学を出て、舞台の制作会社のサラリーマン。 それゆえ母親の前で、 弟は、社会人になってから、 『僕がプロデューサーになって父親を出演者として使って、お父さんに頭下げさせてあげるからね。』 と言う、いわば1番のお父さん子だったからこそのショックを受けてその反動で父親に頭を下げさせてやる!…というような思いが、彼にはあったわけです。 それが、アテネオリンピックの年、 父親を、使ってやる!が、実現する運びとなったものの、代役の効かない本番数日前になり、いきなり制作会社には、 『娘の運動会に出たいからこの舞台は出演しない』 などと制作会社に対して降板を申し入れてきたわけです。 当然その舞台は東京公演や大阪公演九州公演などがあるわけで、チケットも売れてしまっているわけです。 そのような段階になって弟からすれば、自分の手がけてきた仕事をキャンセルされ、すべての公演ができなくなってしまうと言う状況。 勤めていた、会社の中での責任、社会的責任、そして母親への責任。 後は逆にどこかで父親を信じていた三男の思いもあったことでしょう。 俳優としては尊敬していたわけですから、起用したわけであって、それが俳優として仕事に向き合う姿勢として、そういう理由で降板とは、どうなのかと軽蔑する思いもあったことでしょう。 アテネオリンピックのあった7月27日、朝、自宅の前で首をつって自殺しました。 『お母さんごめんね、僕ができる親孝行は、遺族年金だけになっちゃったよ。』 この言葉が、どれだけ僕らに重くのしかかってきたか。 母親からすれば、自分の息子を自殺に追いやる父親なんて父親じゃない。 母からすれば、残されて育て上げた息子まで私から奪っていくのかと。 それは僕らも思うところでした。 やはり親が自分の子供を自殺に追い込む…。これは絶対、人として許されるべきではない。 でも当時は、今のようにTwitterなどもないですから、父親の方がメディアで語ったことがそのまま受け入れられてしまいました。 さて、そんな事より、 想定もしていなかったお墓を、我が家は用意しなきゃならなくなりました。 眞澄さんが鑓田になったのなら、 暮石の名は、僕らは引け目を感じる必要はない。 堂々『岡田家』でと。 家紋だけは変えました。 でも、私の母は強い人ですから、その後いちゃもんやなんやかんや言うような事はありませんでした。 『関わらないで生きていこう』 という強い意志がありました。 いわば、これは、あちらのおうちへの、配慮でもありました。 それからずっと、その配慮は徹底されてきました。 でもね、人には自由と言うものもありますが、宿命と言う背負うべき立場からの配慮と言うものもあると思うのです。 自分が何かをすることによって、深い悲しみや、傷をえぐり返すようなこと。 それは避けるべきだと思うのです。 少なくとも、僕らの家族は、文化放送で『捨てられた家族』と当時言われました。 『そんな捨てられた家族は生ごみそれとも燃えないゴミ?』とかね。そんなことをラジオの生放送で言われたり…。 それを僕らは甘んじて耐えて聞き流すほか、なかったわけです。 自分がこの世に生を授かった背景、素敵な女性と言うのはそういうことを考えた上で配慮のできる女性こそが素敵な女性なのではないかなと。 自分が、岡田と言う名前を名乗ることによってメディアに取り上げられ、それは僕らの耳までも入ってきます。 当然、僕の母にも。 僕のラジオ番組にはおめでとうございますなどと言うメッセージもいっぱいきました。 僕は、まだ、それはそれでいいです。 まだ、僕は当時、そもそも大学生でしたし、興味は他にあったし…俯瞰で見ているので、さらには、もう慣れっこになってしまっていますから、比較的大丈夫なわけですが、明らかにそのことによって傷つく人もいるわけです。 ミスインターナショナルに出るのは良いよ。だけど、君のお父さんは、覚悟をもって、我が家を捨て、鑓田眞澄になったわけです。 それは、当時、表に出ることはなかった事です。 だから、静かにしていた、我が家があるわけです。それこそ、配慮でもありました。当時でも、週刊誌でなら、話題にもなった事でしょう。しかし、それは、しなかった。 耐えた母が意思を通しました。 だからこそ、そこは、 もう、母に、これ以上、痛みや悲しい過去を思い出させて欲しくないわけです。 傷つける思いはないにしろ、想像力があれば、傷つく人がいる事、わかってほしいなと。 ミスインターナショナル、 素敵な女性を目指すのであるならばそういった配慮のできるような女性になってなきゃいけないんじゃないの…というのが趣旨でした。 彼は鑓田になる事で、色々な問題を回避しました。 それは多岐にわたり、なおかつ、弟が自殺した一側面でもあったわけです。 それを今回、岡田として出られたことにより、弟の死をえぐり返されてしまう僕ら、家族があること。 もう、これ以上、母を傷つけるような事はして欲しくはないです。

配慮には、配慮を持って対応出来るのも、素敵な女性の条件ではないですかと…。ね。


と、僕は聞かれたから答えたまで。

能動的にクレーム言ってるわけでもないし。

岡田を名乗るな!とか、目に見える浅はかなクレームじゃん。今日のグッディのは。

そんな事を話したわけではないのは、ディレクターさんもわかってたはずじゃないの??


放送後にディレクターさんから謝罪の電話があったけど、個別に謝れば終わっちゃうことなのかね~…。

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2019/11/11

どこかで、自分を騙し騙し

オトナ〜!な価値観の中では、
どこかで、自分で自分自身に言い聞かせている事が増えている。

言葉を変えれば、
自分を騙し騙し。納得させる自分自身を…。

それは、社会を円滑に運ぶためでもあるんだと、大義名分を付けてしまう。

だけど、自分自身を騙し騙しやってきても、どこかで限界はあると言うもの。

例えば、今年、春、初夏からの韓国に対しての日本は、そうだと思う。

我慢の限界、辛抱の尾が切れた。

一線を超えた…出来事ってやつだろう。

その後になってしまえば、
もう、騙し騙しという状況には逆戻り出来ないわけで、
そこからは、正直に…なる他ない。

韓国に対し、以前のような
『まあ、そこは…』
と、棚上げも難しくなるってもの。

体もそうかもなと。(笑)
でも、体は騙し騙しで、気がつけば治っている事もある。
先週のギックリ腰がそうだった。

体を騙し騙し、酷使している。
それでも、労わってあげれば、回復も。

なんとか身体の一線というのは、絶対超えないようにしなきゃね。

そう、そのためかな。
最近、紙巻きはやめておりまして…。

ジッポーを使う自分に憧れ、実践していたわけですが…。

そのために騙し騙し…だったのかなぁ。(笑)

それって、どこかで一線を超えたから、
それを自分が偶然にも認識したからなんでしょうかね〜…。

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2019/11/05

異常ってわかりやすいのに…。


何が普通かを考えるよりも、
何が『異常』なのかはわかりやすい。

ストーカーってのは、本人こそが、
一番気づかないもの…のようで、
まあ、困ったちゃんなわけです。

もう、笑うほかないレベルで、勝手な妄想力発揮して、
なんでもかんでも結び付けては、勝手な想像…という名の妄想をして、心配してくれちゃう。(笑)

もうね、『心配されるべきはあなた自身なのですよ』と教えてあげたい。

しかし、そこはやはり、教えても気付かないわけで、警察を敵とみなして、
勝手なロミオとジュリエット気分かのよう。

あの〜、僕はあなたを知らないんですが…。

こういうのは、
『知らないフリをさせられてる』
と、頭の中で変換されちゃうようで、
まあ、幸せなこと幸せなこと…。(笑)

その分、はっきり言って、よく分からない人なわけですが。

こう、しるしてと、その人は、自分の事だとは気付かないいんだろうな…。

ほとほと疲れてしまうわけです。

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