誕生日に寄せて想うこと
そう、絵本の紹介やら、
子育ての話では無いのだ。
お母さんが、自由に動ける時間を作ること。それがお母さんに本当に向き合うと言うことの本質。
ラジオだってそうだ。テレビ番組でもそうだ。 では向き合うために何が必要なのか。それは、日常の中で、子育て一生懸命したからこそ共有できる言葉、
経験もあれば、
仕事に全力で向き合うからこそ、仕事の辛さがわかったりだとか、 悲しい思いをした時に、それを忘れず、自分に刻む作業 飲み過ぎて二日酔いになって、それで翌日に向かう辛さも含めて、要は経験、
その蓄積なのだ。
その経験と言う蓄積によって、 受け取った言葉をより心深く受け取ることができる。 つまりは日常の生き方、時間の過ごし方、それを心にどう止めおくか、 そういったことが表方の大切な作業なんだと思っている。 よく、翌日の番組のために準備をする…なんて言う場合があるが、 それはディレクターなり、作家さんなりに信頼をおいて、任せる作業なんじゃないかと。 表方が流されやってしまっては、やっつけ仕事の、 その場限りの情報発信にしかならない。 はたまた、『表面上の言葉の羅列』のオンパレード。 番組を面白くする…なんて準備ができない。 面白い人が、番組をやれば面白くなる。 準備して作り出した面白さなんて、 それはリアルタイムなメディアではない。 偽物の面白さ。 かっこいい人がやれば、それはかっこよくなる。 面白い人がやれば、面白くなる。 同じことをやってもだ。 嫌な人が同じことをやれば、 それは訴えられてしまうこともあれば犯罪にもなり得る場合もある。 壁ドンなんてその最たる例だろう。 かっこいい人がやればかっこいいんだ。 だからこそ、面白い人がやれば番組は面白くなる。 そしてそれを生かすのは、ディレクターや作家さんがさらに昇華させてくれる。 それが、それぞれの資質と言うもので、絡み合って、 面白い番組が出来上がるのでははなかろうか。 それを、無理矢理面白そうにしている番組も・・・ そんな番組もあるといえばある。 幸いにして、僕が携わる番組と言うのは、全スタッフに信頼を置いて、取り組むことができている環境にある。 だからこそ、表方と言うのは、常に色々な言葉を受け取るための鍛錬、 労作として、日常を過ごすことにあると思う。 そしてそれを忘れないこと。 そして番組の間、リアルタイムにその思いを受け止めること。 でなければ受け止める・・・なんてできない。 そして受け止めた場合次に行動すること。 本気で受け止めれば行動せざるを得ない時があるのが本物だ。僕はこれまで、ラジオがあったからこそ生きて来れたと言うことを何度か言ったことがある。
それは僕が聞いていた番組のパーソナリティーが、本気で受け止めてくれたからこそ、その先に、行動で接してくれたからこそ、
今僕が生きている現実がある。だからなのだ。それは、すべて行動に…と言うのは難しいかも知れないが、行動にも波及することこそ、本気で誰かの言葉を受け止めた象徴では無いのだろうか。
今や、実に表面上の言葉で時間が過ごされてしまう番組が多いなとも感じるこの頃。 それが悔しくもある。 だからこそ、僕が携わる番組と言うのは、 全身全霊で番組に向き合ってくださる方の言葉を受け止めたいと思っている。 番組と言うのは、情報ではない。 時間の共有だ。 何十年か前までは違っていたかもしれないが、本質ではやはり、時間の共有なんじゃないかなと確信している。 46歳、 家族を大切にしつつ、 仲間を大切にしつつ、 番組を大切にし、 番組家族を大切にしつつ、 仲間を大切にしつつ、番組を大切にし、番組にを味わって下さる皆様と、育てていきたいと思っている。
あらためて、メッセージ下さった皆様、ありがとうございました。


