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2019/05/21

お利口さんでいないでいいんだよ

昨年は、蜂窩織炎で長く入院していたあやめが、

今年も蜂窩織炎になってしまった。

親としては、自分を責めるばかりである・・・。

病院が終わってからの救急外来で、昨年入院した日医科大へ。

足首は2倍に腫れあがり、腕もポパイかのように腫れあがっている。

でも、この笑顔である。

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診断はやはり蜂窩織炎。

でも、家に戻ってから、

痛みがあると、初めて言った。

病院ではお利口さんだったと言わんばかりに。

いやいや、それじゃ、病院行ったことに対して本末転倒。

でも、そんなことは日常にも、大人でもあって、

配慮という名のものとに、お利口さんになってしまっている場合も。

本心は別のところにあるにもかかわらず、

配慮を優先してしまって、

大切なことは、信じられなくなってしまうというもの。

誰もが、本心はある。

でも、その本心を言わずして、お利口さんに控えたばかりで、

後から、期待に応えられないと言われても・・・。

そりゃー、逆に信じられてないんだな・・・となっちゃうよ。

医師は、痛みを気にしていた。

それでも、お利口さんで、

まあ、入院したくないという思いがあったとはいえ、

そこは正直に言わなきゃ、医師は対応のしようがない。

ワガママに見られたくない・・・という思いがあったにせよ、

正直な部分も語ってもらえる事も、大切。

言葉を受けた側は、相手から

『真意は伝えられるような相手ではない・・・』

と思われているんだなと。

もし、娘も、今夜、以前もお世話になった田辺先生ならば、

『痛いです』と言えてたと、帰宅してから言っていた。

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いわば、今日の救急外来の先生の前では、

とってもお利口さんを装っていたわけ。

実は、信じていなかったということ。

田辺先生への信頼と、今日の先生への信頼の違い。

でも、今日の先生も信頼できるんだよと、教えた。

そこは、本当のこと言わないとー!!

痛みを解消できるか、できないかは、また別の問題。

痛みを緩和できないときには、耐えることを理解せねばならないが、

まずは痛みがあること、それは言わないとー。

あまりにも、世間では建前とは別の、お利口さんな

表向きの言葉・・・ばかりで、本質が議論されていないと感じることも多々ある。

ワガママになると思っても、第一の希望は伝えないと。

やはり、信頼というものがないのかなー。

それとも、まったく別で、そもそも、本当のことを言う相手ではないのか?

今夜の先生は、あやめにとっては、後者なのかもしれないが、

もし、田辺先生だったなら、痛みがあると言っていた・・・のだと。

最近よく耳にする熟年離婚なんて言葉も、

奥様が、あまりにお利口さんでいすぎた結果なんじゃないかと。

そう思ってしまう僕もいる。

本当の希望を伝えることは、ワガママとは違う。

ものわかりの良いワガママは、相手にも信頼していることの証として映る。

そうでなきゃ、手遅れになってしまうことも。

お利口さんでいすぎると、一瞬はいい子に見られそうだが、

その実、良いことはない。

真意はどこか・・・見極めなきゃ。

 

 

 

 

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