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2019年5月

2019/05/21

お利口さんでいないでいいんだよ

昨年は、蜂窩織炎で長く入院していたあやめが、

今年も蜂窩織炎になってしまった。

親としては、自分を責めるばかりである・・・。

病院が終わってからの救急外来で、昨年入院した日医科大へ。

足首は2倍に腫れあがり、腕もポパイかのように腫れあがっている。

でも、この笑顔である。

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診断はやはり蜂窩織炎。

でも、家に戻ってから、

痛みがあると、初めて言った。

病院ではお利口さんだったと言わんばかりに。

いやいや、それじゃ、病院行ったことに対して本末転倒。

でも、そんなことは日常にも、大人でもあって、

配慮という名のものとに、お利口さんになってしまっている場合も。

本心は別のところにあるにもかかわらず、

配慮を優先してしまって、

大切なことは、信じられなくなってしまうというもの。

誰もが、本心はある。

でも、その本心を言わずして、お利口さんに控えたばかりで、

後から、期待に応えられないと言われても・・・。

そりゃー、逆に信じられてないんだな・・・となっちゃうよ。

医師は、痛みを気にしていた。

それでも、お利口さんで、

まあ、入院したくないという思いがあったとはいえ、

そこは正直に言わなきゃ、医師は対応のしようがない。

ワガママに見られたくない・・・という思いがあったにせよ、

正直な部分も語ってもらえる事も、大切。

言葉を受けた側は、相手から

『真意は伝えられるような相手ではない・・・』

と思われているんだなと。

もし、娘も、今夜、以前もお世話になった田辺先生ならば、

『痛いです』と言えてたと、帰宅してから言っていた。

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いわば、今日の救急外来の先生の前では、

とってもお利口さんを装っていたわけ。

実は、信じていなかったということ。

田辺先生への信頼と、今日の先生への信頼の違い。

でも、今日の先生も信頼できるんだよと、教えた。

そこは、本当のこと言わないとー!!

痛みを解消できるか、できないかは、また別の問題。

痛みを緩和できないときには、耐えることを理解せねばならないが、

まずは痛みがあること、それは言わないとー。

あまりにも、世間では建前とは別の、お利口さんな

表向きの言葉・・・ばかりで、本質が議論されていないと感じることも多々ある。

ワガママになると思っても、第一の希望は伝えないと。

やはり、信頼というものがないのかなー。

それとも、まったく別で、そもそも、本当のことを言う相手ではないのか?

今夜の先生は、あやめにとっては、後者なのかもしれないが、

もし、田辺先生だったなら、痛みがあると言っていた・・・のだと。

最近よく耳にする熟年離婚なんて言葉も、

奥様が、あまりにお利口さんでいすぎた結果なんじゃないかと。

そう思ってしまう僕もいる。

本当の希望を伝えることは、ワガママとは違う。

ものわかりの良いワガママは、相手にも信頼していることの証として映る。

そうでなきゃ、手遅れになってしまうことも。

お利口さんでいすぎると、一瞬はいい子に見られそうだが、

その実、良いことはない。

真意はどこか・・・見極めなきゃ。

 

 

 

 

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日医科大 武蔵小杉病院

彼女の口ぐせは、いつもこうだった。
『あやめちゃんの病院はね〜、ご飯も食べられるし、カレーも食べられるし、ドトールコーヒーもあるんだよ。先生がいっぱいなんだよ!』

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彼女は、2013年7月29日、我が家から近くのとても大きな総合病院で生まれた。一般的にいわれる、難産。
10人以上が掛り切りになった。
とても大変な出産であったことは、傍目から見ていた僕にもわかる。
始めは、助産師さんと研修の学生さんの2人だったが、彼女がなかなか出て来ないので、

医師の数が一時間という時間の中で、二桁にまで増えて行った。
そしてようやく生まれてくれた。

 

家内は出産の記憶がないと言う。彼女に会えたのも、この世に出てから、3時間後。

新生児蘇生を受けての、その上での彼女との対面。

 

そんな『彼女』とは、わが娘、長女、岡田あやめ。
大学病院が、かかりつけになってしまっている。

 

彼女には妹がいる。妹は、我が家から近くの、小さな小児科専門クリニックが、かかりつけ。

 

生まれからして、大きな違いのある2人姉妹。

 

だけれど、お互いに、自分自身のかかりつけ病院にプライドを持っているようだ。

 

彼女は、よく言っていた。『私の病院にはレストランもあるし、コーヒー飲める場所もあるし…』

とにかく総合病院を自慢していた。

 

妹は、『風邪ひいたら行く〜。シールもらえる〜』と、負けない自慢を自分が、かかりつけのクリニックに。

 

互いの『かかりつけ病院自慢』は、とても可愛らしい。
違いは他にもあった。

 

彼女は、特殊で敏感なアレルギー持ちだ。
昨年の初夏、その年初めての虫刺され。
僕が出張中の事だった。

 

生放送の仕事をしながらも、僕のスマホには家内からの着信。いくつも。
こんな事はめったない。
でも、仕事中だ。
局にまで電話が入っていた。
『娘さんが緊急入院したそうです。』
生放送終了後の、スタッフからの第一声に、僕はたじろいだ。

 

蜂窩織炎というものだったらしい。
妹のかかりつけクリニックにて診察してもらったら、急遽、そのまま日医科大武蔵小杉病院へと、緊急入院。

 

入院初日、彼女が生まれた、知っている総合病院でない、初めての大きな病院であったことから、

大きな不安が彼女を包んでいるだろうことは、容易に想像できた。

 

僕も知らない病院。
日医科大武蔵小杉病院。

 

行ったことのない病院…。
出張先から電話する。

 

電話口の彼女は、4歳と言えども、とても元気に振る舞っていることが分かった。

 

『お泊りしなきゃいけないの…。』
『おとうさん、早くても明後日になっちゃうけどいい?』

 

もう僕にはそれくらいしか言えない状況でもあった。

 

金曜日、朝の生放送を終えて、急いで湘南新宿ラインで大宮から武蔵小杉へ。
大人の僕でも、初めて訪れる病院には緊張していた。

 

自分が住んでいる街なのに、駅の出口、どこを使えばいいかも迷う。
駅から10分ほど歩いただろうか。
日医科大武蔵小杉病院のエントランスをくぐる。

一般面会時間外ではあるが、お父様ならば、どうぞ…と。

 

制服を着ている警備の方が面会バッヂを渡してくれると同時に、

『お嬢さんですか、心配ですね。早く行ってあげて下さい』と。なんだか、それまでの緊張感が和らぐ。

 

エレベーターまでの30メートルほど、真っ直ぐに歩いて行くが、

その間に車椅子何台かとすれ違った。みんな和かな会釈をしてくれる。

車いすの患者さんも、それを押すナースも。

 

なんだ、この病院という施設にあるまじき明るい雰囲気、光。
この感覚は僕が4歳の時に原因不明の高熱で入院した

相模原の北里大学病院の雰囲気。その時の事が頭をよぎった。白石先生の名前を思い出した。

 

白石先生に憧れた4歳の僕だった。
白石先生に会いたくて、単なる風邪でも、

ワガママ言って北里大学病院へとクルマに乗せてもらい通院したっけ。
あの感覚が蘇ってくる。

 

エレベーターで小児病棟へ。
ナースステーションに行くと、誰もが『こんにちは〜』と。
明るい挨拶に返答する事だけで精一杯になったけれども、

それまでの自分の中にあった緊張を馬鹿馬鹿しく思いもした。

 

病室まで案内されると、寝ている彼女。
点滴のチューブに繋がれている右腕。
左腕は、包帯をしていても、3倍ほどに膨れ上がっていることがわかる。

 

彼女が目覚めたらなんと声をかけるか…。

スヤスヤ寝ている彼女の横でそんな事を考える時間、5分くらいだったかもしれない。

彼女が目を覚ますと、第一声は、『お父さん』ではなく…『田辺先生は?』

 

僕にはさっぱりわからない。
ベッドには主治医は佐野先生と記入されている。誰なんだ、田辺先生とは??


彼女に田辺先生の事をきいてみると、声が変わった。
かなり可愛らしい声で照れが入りながら
『あやめちゃんの好きな人』


いや〜、参った。蜂窩織炎どころでなく、4歳児が恋の病にかかっている。

 

僕の頭にも蜂窩織炎よりも、娘の心を奪ったオトコに興味津々。
彼女からのオーダーは、田辺先生に手紙を書きたいから、折り紙を持って来てほしいと。拍子抜け。

 

意外にも彼女は日医科大武蔵小杉病院での時間をエンジョイしている。


ナースにも聞き込み。もう、このタナベなるオトコとの対面に備えている僕がいる。

『もうすぐ田辺先生来ますよ〜』
病床でお会いした。

 

いや〜、なんとイイ男なんだ。
優しい表情に、子供の目線ですべて説明。こりゃ〜、心奪われるのも仕方ない。


勝手ながら男親の感覚で、『参りました!』となった。
二週間ほどの入院生活を経て、退院の日。


ナースに田辺先生の下のお名前を聞く彼女。もう、モジモジモジモジ。


主治医の佐野先生がいらっしゃると、
彼女は、『田辺先生は…いないの?』
ナースが言う。『今日は外来をされてるから、こっちこれないかな〜』

 

すると主治医の佐野先生、『僕、外来を、田辺先生と代わってきますから、田辺先生、来てくれるようにしますね』

 

なんて、心を大切にしてくれちゃう先生や、ナース達ばかりなんだ。この病院。

 

その後も蜂窩織炎が再発すると、日医科大武蔵小杉病院へ。

 

外来では右田先生にお世話になり、採血があると、泣きそうな彼女に右田先生が言った。

『あやめちゃん、お注射は、田辺先生がやってくれるようにするからね!頑張れ〜だよ、田辺先生に強いとこ見せようね』

 

これって、カルテにあやめが、田辺先生を好きってことが書いてあるんじゃないのか!(笑)

 

細かな配慮。処置室に彼女だけが入ると、

病棟からわざわざ田辺先生がやってきて、ナースも4人ほど。

泣き声が聞こえてくる前に、

 

『フレーフレーあやめちゃん!フレーフレーあやめちゃん!!』の大合唱が外来診察室の空間に響いてきた。

『あやめちゃんー、がーんばれ!あやめちゃんー、がーんばれ!!』

ナース4人の大合唱が続く。

素敵なナースさん達ばかりだ。

 

親として、目頭熱くなる思いだった。
泣くこともあるけれど、彼女はもう、

田辺先生、そして日医科大武蔵小杉病院のファンである。何を隠そう、僕もだ。

 

病院のエントランスをくぐる。挨拶が交わされる。

明るい気持ちになれる、そんな環境は、この病院に携わる一人一人が作り上げているものなんだと感じる。


彼女は自慢する。

日医科大武蔵小杉病院を知ってからは
『あやめちゃんの病院はね〜、好きな人がいるんだよ。田辺先生がいるんだよ、髪がないけど、右田先生がいるんだよ。みんなフレーフレーって応援してくれるんだよ。コンビニもあるんだよ。プリキュアのお菓子もあるんだよ。田辺先生と結婚するの』


その自慢に僕は『いいよ〜』と答えるのみ。妹も、憧れと共に聞いているみたい。

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この病院の近くに住んでいる誇り。安心。嬉しさ。彼女には、今、この病院で経験する人との心の繋がりを、しっかりと掴んで欲しいと思う。

 

もうすぐ運動会。その練習で、ちょっとした擦り傷でも、彼女は言う。『田辺先生に会いに行きたいの』
彼女の病院自慢は、どうやら幼稚園でもらしい

幼稚園の先生にも言われる。『あやめちゃんは、恋の病なんですね!』

どうやらこれは、日医科大武蔵小杉病院でしか治せないみたいだ。

 

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そんな病院に、また、昨夜からお世話になっている。

心配はない。

なぜなら、日医科大武蔵小杉病院だからだ。

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2019/05/16

美味しいものは、裏がない、嘘がない。

美味しいもの、旨い酒、

そういったものを味わうとき、

裏がるか・・・なんて考えない。

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『いやー、美味しい!』これに尽きる。

美味しいものを食べた後に、この食材には裏が・・・なんてことは

考えること、ないだろう。

まあ、調理師さんとかなら、調理法に関して思いめぐらせることもあるかもしれないが、

警戒はしない。

しかし、最近は美味しい話には裏がある・・・なんて、当たり前になってきた。

オレオレ詐欺の類だとか、まあ裏があるわけで。

言葉に関しては、美味しい言葉に裏・・・勘ぐってしまう。

ラジオはそれこそ、言葉のいっぱいなメディア。

そんな風にならないように、注意している自負はある。

JA全農の番組を担当して、はや5年近くだろうか。

美味しいものをいっぱい頂いてきた。

やっぱり、この番組では、美味しいには、裏がないを証明している。

でも、美味しいの裏側には、ちゃんと努力している生産者の皆さんがいらっしゃること、

思い出していただくことができればと、この番組がその一助になればと。

番組をやってる自分たちもしかり。

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番組後に、東京支社長を迎えての、お酒を堪能する時間。

こういう時間が持てる、

こういう機会がある幸せ。これは現場にとっても嬉しい時間で。

美味しいものを囲んで忌憚なく話せる時間。

『あんなラジオ番組のような・・・』ではなく

『こんなの、創りたいです』が実現できるように。

一方で、

世の中には、裏がなくとも、心がない言葉が出回っている。

今宵もそんな言葉の羅列に遭遇した。

行動と言葉が一致しないのに、言葉だけは並べ立てる。(笑)

偽物の言葉。

そういうのが、普通になってしまっている世の中、

それに気づかない、麻痺した、言葉の軽薄化。

それに対抗するためにも、もっともっと言葉と音楽だけが勝負のラジオが、

ちゃんとした言葉と、言葉を偽物にしない姿を出さなきゃいけない。

それは、僕の場合、ラジオ以前に、まずは子供に対して。

カッコいい父親でいること、自慢の父親でいること。

子供達には出張中で会えていない時間だが、

それでも、気にしてもらえるように。

それが出来て、ラジオに臨まなきゃ、それこそ、

言葉の軽薄化に加担してしまう。

そんな自覚をあらためて覚えた今。

そんなんがいっぱいだからこそ、

いまや人の言葉を信じない・・・が前提のテレビCMもラジオCMもいっぱいだ。

これって、悲しくないかい?

結果薄っぺらな言葉ばかりを伝えるメディアだったりも増えてきていると考察できちゃうし、

信じるに足らない言葉ばかりを投げかけてばかりの人。

さっきまで言っていたことは???となるようなケースだってある。

言葉があふれかえっている。

その中で、真実の言葉がどこにあるのか。

誰が真実の言葉を使っているのかを、見極める力も養いたいばかりだ。

 

 

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JPコロニア、コスパ高し!

新しいアフターシェーブローションを入手。

僕の持っている中では、英国のトゥルフィットヒルに続いてのお値段。

トゥルフィットヒルが一万円以上だから、

それでも、次ぐ値段。

だいぶ違いはするが、ちょっと自分も、もっともっとオトナに変わってみようと。

4711ポーチュガルという選択肢もあったが、

少しだけリーズナブルなこっち。

でも、この製造販売元は、そもそもポーチュガルを作っていた会社。

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香りが精神に及ぼす作用も研究している。

爽やかで、アルコール度チョット高め。

一瞬、ヒリヒリっとするが、それこそ、消毒されてる実感を味わえる。

これを使うことで、新たな自分に向かっていると行動を始めることができる。

こういうところにかけるコストは、意外なほどパフォーマンスが高かったりする。

シェービングはメンドクサイ・・・と認識するか、

それを楽しむかで一日の始まりが変わる。

そこへの投資と考えれば、コスパは素晴らしく良い。

さ、今日も品位忘れずがんばろ。

 

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2019/05/15

何てことを・・・

僕が大好きだった箸があった。

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シンプルなブラックでPPS樹脂製。

2010年だったか。

横浜での結婚式。

妻の一番の親友、かよこちゃんの挙式で配膳に並んだもの。

彼女と妻とは鶴見女子出身で、その時からの一番の親友同士。

その式の帰り間際に、今日の記念にお持ち帰りください・・・

と言われて、その箸を持ち帰ってから、

本当に僕の一番の、自宅でのお気に入りの箸だった。

なんのことはない。その頃から流行り始めていた、

割り箸ではない、リサイクルプラスチック製のリユース箸だが、

ちょっと高級。その類の中では。

これが本当に使いやすかった。

それを、今宵、家族で蟹を頂いている時に折ってしまったのだった。

あの式には二人で参加したので、二膳分、4本はあるのだが、

3本になってしまった。

折ってしまった時、僕の妻は、特に気にする素振りも見せなかったが、

本当に、悔いる気持ちが、僕の中には生まれていた。

その箸は、僕の中でも見事に、かよこちゃん、彼女の思い出になっているから。

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なぜか。

 

かよこちゃんのお父様は、僕も舞台で何度もお世話になっていた

横浜ランドマークホールも入るランドマークプラザ、その支配人さんで、

僕もお会いしたことがあった。

とっても品のある紳士で、優しい目が印象的。

その昔、家内は、横浜勤めだったので、デートと言えば、横浜。

家内と横浜をデートしてれば、かよこちゃんも一緒になって、

そしてかよこちゃんのお父様に、ご挨拶したことも。

あの頃は、僕が舞台なんかに取り組めば、そりゃー、何か月も会えないこともざら。

舞台でツアーなら半年会えないことだってあった。

そして久々会える時には、

かよこちゃんも一緒に横浜で・・・なんてこともあった。

そんな当時の僕の彼女・・・であった妻を支えてくれていた、かよこちゃん、

そのお父様は、2010年になる前に他界・・・。

それで迎えた2010年の、かよこちゃんの挙式だった。

家内と結婚後、僕はかよこちゃんと会うことはなくなったが、

結婚して間もなく、かよこちゃんに病気が発見されてしまう。

ガンだった。

すっごく長く闘病して、再発、再発の繰り返し。

病院から家内と話すことが楽しみだった彼女のラインでの電話。

それが昨年、ある日突然、ラインから男性の声での連絡。

かよこちゃんの旦那様の声だった。

ラインの一番上にあった履歴で、電話をしてくれたとのこと。

かよこちゃんが、天に旅立った連絡だった。

目を真っ赤にして、耐えていた妻だった。

そんな時間も耐え抜き、そしての今。

我が家の食卓には、僕がお気に入りで並ぶ、かよこちゃんの挙式で頂いた、

その箸があったわけだ。

それを今宵、見事に折ってしまった僕である。

モノにコダワリを持つ僕なら、ショックで言葉にならない。

もちろん、モノのイデアとしての存在もあれば、

思い出としての象徴であった箸。

でも、妻は、『折れちゃったねー』の一言ですましてくれた。

そこに、痛切なる罪悪感を全身で受け止めていた僕がいた。

僕にできることは、それを一生懸命、同じものを探すこと。

そうする作業を経験することで、思い出を新たなモノに引き継がせること。

それしかない。

 

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2019/05/02

カキツバタなGW

今週は、週の半分出張ではなく、戻ってこれた。

 

さて、年齢を重ねることで、
謙虚になる部分もあれば、
傲慢になっている部分もあるんだと、深く認識するこの頃。
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例えば、苦労を知ることで、謙虚になる。感謝が増える。

 

一方で、子供の時や、学生時代に比較したら、
お金を使えるようにもなり、
お金で得られるものに対して、そこは傲慢なっているようにも思う。

 

小さな額ではあっても、『金のチカラ』ってやつだ。
まあ、僕が言っても、笑われてしまうばかりかもしれないが、
そんなとこだろう。

 

それが、だ。

 

手に入れられないもの、
例えば、時間・・・というものに対して、
切なくなる感覚というのは、
これは手に入れることが出来ないから・・・
ではなくて、お金を払ったとしても、切なさが購入できないことで、
味わえる感覚というものもある。

 

在原業平が、京都十輪寺において塩竃を焚いたような時間。

 

そういうものは、お金や対価を払ったとしても手に入れられない。

 

享楽は手に入れられるかもしれないが、
そうではなく、それこそ在原業平が過ごしたような時間というもの。

 

誰かの事を想い、そのことを思考するための『時間を味わう』ような人生。

 

学生時代、水越先生のもとで、在原業平の研究をしていた
当時の僕の方が、まだ、それに近かったかもしれない。

 

水越先生は、古文に関して、解析ではなく体験なんだと、
いつも仰って下さっていらした。

 

古文は解析されるためのものではなく、
心を伝えるために記されたツールなのだから、
そのツールは解析したって、意味がない。
『理解できる心を養っておくべき』だと。
彼と同じような境遇を経験した人にしかわからない文言が、
伊勢物語には散りばめられているんだと。
『だからこそ、それを理解できる人間になることが、岡田くんの研究なんだ』と、
そんな言葉を僕に下さった。

 

これは、大学の研究室で、島川聖一郎先生も、
同じニュアンスの事を、シェイクスピアに関して仰っていらした。

 

シェイクスピアは、読解されるために、文学として残したのではなく、
上演されるために、脚本を書いただけなのだと。

 

シェイクスピアの作品、それは文学ではなく、上演のための台本なのだと。

 

上演するために理解できる人間としての心を鍛えることが、理解の第一歩なのだと。

 

ゴールデンウィーク一週間前の土曜日、
右肩の剥離骨折をして、
それでこそ知りえる感覚、
病床の不自由であるという感覚すらも、購入は出来ない。
今回は、存分に味わってしまった。
まだ、痛みはあるが・・・。

 

これを苦痛ととるか、味わえたと喜ぶべきか。

 

正直、なかなか痛みに対して喜べる僕ではないが、

 

平成の最後にこういうチャンスが訪れたとも表現でき、
それは、感謝できている僕には、なっているように思う。

 

そして今、在原業平が感じえたような感覚は、
このゴールデンウィーク中だからこそ、
仕事をいつも通りこなす自分、そして、いつもとは違う聴き方をして下さる方々、
そしていつもとは違う時間の流れの中で、切なさを味わえている僕がいることで、
存分に味わっている。

 

否、ありがたいことに味わえてしまっている。

 

グリーン車から駅に降りると、
いつもは現実に飲み込まれる。ラッシュ時の駅の状態に飲み込まれる。

 

しかし、今週は、駅に降りても、改札口まで普通に、
そのまま歩けてしまっている。
グリーン車から降りても、グリーン車のような快適な移動。

 

そんな快適さの中に、いつもの日常の喧騒に恋焦がれる、もう一人の僕自身。

 

家庭内での紛争のような忙しい朝の時間、それを乗り越えて送る幼稚園、
そんな慌ただしい朝の時間もなく、
幼稚園もない、平和な朝。
その一方で喧騒を恋焦がれたように、朝の慌ただしさを恋しく思う僕自身。

 

このギャップに対する対価というのは、
とてつもないもので、買うことが出来ないものであることは、明らか。

 

これは何十年と経験していなかった感覚かも知れない。

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今日の番組の相棒、高賀茂さんが、
『眞善さん、これは令和以上に、いつものGWとは違いますね!』なんて言ってくる。
そりゃそうだ、剥離骨折の痛みもあるもん。でもでも、でもね、違うのはわかる。

 

これを水越先生ならば、どう過ごせ!と仰ることか。
なんとも、カキツバタなGWの僕である。

 

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2019/05/01

変わるからこそ、向き合う

真剣に向き合ったからこそ、

出来る事もある…はず。

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片や真剣、真剣が一方のみで、片や、そう言う思いが重なっていなかったと、後からわかった場合、

それを知った場合、その成果は、期待していたものではなくなってしまう。

 

 

 

僕は、熱血タイプでもないし、出来ればそんなとこは、通りたくはない系統なんだけど、しゃなりしゃなりと、時間を歩みながらも、真剣なときは、しゃなりしゃなりしながら人一倍、ちゃんとしていればなと。

そう願うから、そうしてる覚悟。

 

普通のことを、しっかり普通に。

 

普遍的なこと、それを乱して是とする事には嫌悪感すら抱くし、

そもそも、自分が支えられて、今があることを認識出来ているのかと。

 

自分さえ楽しければ、良ければ…。

そう言う思いって、とても嫌で、そんな思いを認める、賛同する気持ちすら、僕はとっても嫌悪。

 

表現としては、柔らかい言葉の羅列されたものかもしれないが、その実は、自分優先主義で、社会とか、そんな概念がないからこそ、そんな思いを持てる。

 

それを是とする感覚。

そこに共感する感覚。

 

それらに対し、社会の中で生かされているのだからこそ、そしてお金が回ると言うのは、根本に社会があるからこそと思う気持ち、だから生活出来ているわけだし、生かされている…、と、しゃなりしゃなりではあるけど、責任があると考えること。

それが、人々の生活、営みが、これまで続いてきていた『優しさ』なんではないかと。

 

その優しさを、当たり前、普通と思っては、なんて鈍感なことか。優しさに気づかないことか。

 

親への感謝とか、

実質、後になってから、親になってから初めてわかる事もある。

 

まあ、僕の場合は、自分が親になって、初めて、父親にパフォーマンスで可愛がられていたので、そこに本当の愛がなかったのだと、初めて知ることにもなったが、多くの場合はその逆だろう。

 

親が子に愛情があることは、それは普通のこと。そんな普通を普通と言えること。

 

その普通、受けた側が、普通だと思っては、あまりに寂しすぎる。

 

時代が令和になった。

 

平成の終わり、天皇陛下が武蔵陵墓にて、昭和天皇にてを合わせられていた。

昭和天皇を…。

アナウンサーがそんな言葉を使っていたが、まさしくその通り。

 

なんだけど、

その実態は、子供が、親に手を合わせる…と言う、僕らにでもある光景。

 

これが続いてきての、何回も続いての今に至っている。

 

そんな歴史の自分が一部でもあるという事。

 

そう言う思いがある事を、

例えば、比較対象にされてしまう事。

 

そんな感覚をどっちでもいいと、言えてしまう事が、僕には驚きでもある。

 

令和と言う時の幕開け、色々真剣になる瞬間を味わっている今である。






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