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2019/02/20

ドレッシングの味わい…。

どれだけのドレッシングを無駄にしてきたことか・・・。





僕はサラダが大好きである。
今まで食べたドレッシングで記憶に残っているものは多々あるが、
富士急ハイランドの近く、
ホテルレジーナ河口湖のフレンチドレッシング、
北里大学病院のレストランのグリーンサラダ、
海老名の旧オークラホテルのサラダ、
以前の宇都宮東武ホテルグランデの朝食でのドレッシング、

記憶をたどらずとも、
すぐに出てくる、忘れられない味のドレッシングが色々あるわけだが、
そのどれもが、自宅では再現できていない・・・。

ただ、味覚と言うものが、見事なまでに味わう時の環境に左右されると言うことは、
実証済みである。

たとえば、東急田園都市線、つくし野駅前の、コナという小さな喫茶店がある。
ここのモーニングのプレートに添えられている、ちょっとした刻んだキャベツが旨いのだ。ここで、母と一緒に時々食べていたモーニングプレートや、ランチ。
旨かったなぁー。
だが、このキャベツにかかってるドレッシングは、
おばちゃんが、まんま、買ってきた一リットルのドレッシングを
ボトルからかけてくれる。
キューピーの中華ドレッシング。
しかし、これをスーパーで買ってきて、自宅でかけても、その味わいではない。
納得いかず、再度確認して、容量で味が違うのではないかと、
お店と同じ、一リットルのボトルでも買ってみたが、
味わいは自宅では、小さなボトルと一緒だった。
つまりは、コナのモーニングプレートとは味が違う。

さらには、Nack5、レディオファントムの取材で伺った、幸手のブルトンと言うカフェ、
ここで食べたサラダも美味だったのだが、
ドレッシングは、キューピーのすりおろしオニオンだと教えてくださった。
うちのは、普通なんですよ・・・と。

で、購入した。キューピーのすりおろしオニオン。

しかし、自宅で再現しても、まったく味わいが違う。

つまりは、どんな環境下で味わうかによって、味覚と言うものが見事に違ってくると言う証明でもある。

そして音楽でも同じではないだろうか。
ラジオにはリクエストと言う文化がある。
もし仮にその音楽が、とてつもなく好きでずっと聴いていたいのであるならば、それこそCDを何回も聴き続けてればいいわけ。
そしてその音源だって自らが持っているにもかかわらず、ラジオにリクエストしてラジオから流れてくると、また格別なる味わいに音楽を感じることができる。
だからこそのリクエスト欄ではないだろうか。

という事は、誰の、どの番組で、その音がかかるのか、
誰のどんな話の上でその音楽がかかるのか、

これらがラジオにとってはとても重要なんではないかと思う。

それを考慮せずに、音楽だけのチョイスと言うのはありえないし、
そーゆー選択ができるディレクターこそがやはり素敵な事ですからんではないかなと思う。

ラジオで情報発信する…などと言うが、ラジオこそ、発信ではなく受け取るメディアなのではないかと思う。
一対1で向き合って、そのやり取りの様子、それを楽しめる。

だからこそ、他にはない味わいが、ラジオにはある。

ドレッシングが、我が家では味が違うように、
音楽もまた、どんな環境の下で堪能するかで味わいが違う。

あとは、ラジオだからって、特別でないことも。
そのラジオで話している人も、そりゃ人間なんです。
悲喜交々あるわけです。

それを考えずしての行動は、そりゃ、情けなくもなります。

人としての節度は、やはり守らなければと。



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