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2018年7月

2018/07/31

イメチェン ブルーグレーに

カーSOSではないが、

やりたくてやりたくて仕方なかった、
シートのイメチェン、
短時間で仕上げてしまった。
自分的には結構納得。
僕の中ではハーレーは黒な硬派なイメージではなく、
カジュアル感出して乗るのがかっこいいなー!なんてイメージがあったので、
シートはブルーグリーンな感じにしたかった。
そこで
やりましたよ。短時間で。
染めQは、こういう時の強い味方。
黒を明るくするので、
ベースコートを使った。
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そしてロイヤルグレーで。
いや、薄塗一回、3分待ち・・・その上で重ね塗りなので、
これが効率いい。
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グレーは、いい感じでしょ。
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でも、理想は、車体の紺色に合わせたブルーグレー。
グレー一色だと、かなり均一な感じ。
そこで、仕上げに少し斑にしてオールド感を。
そんな一工夫で、
ブルーグレーに。この方法は秘密。(笑)
出来上がり、装着してこの通り。
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タンデムベルトは元の色、
けっこう明るくブルーグレーに。
だんだんとカジュアルな感じに。
愛着、増しちゃった。

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2018/07/30

カーSOS

イギリスの番組コンテンツ。

涙流すこともあり、それでいながら、
機械いじり大好き少年・・・という名の大人が繰り広げる
ドラマのあるクルマの再生物語。
似たような番組では、これまたイギリスの『名車再生』なんてのもあるけど、
それは、まさしく番組タイトル通りでしかない。
まあ、知識は増える。そして楽しくもある。
でも、カーSOSは、
例えば、家族からのサプライズの依頼を受けて、
重い病で、乗っていた車が車庫で眠ったままになってしまい、
今では走らなくなっている車のオーナーに内緒で、
完璧にレストアして、差し上げるというようなもの。
そこには、オーナーとクルマとの人生物語があったり、
家族との歴史の大切な1ページになっている、車であったりの存在が。
クルマの朽ちてきた時間に、オーナーの抵抗できない不可抗力の姿が
見事に重なる。
人間の心がコンテンツの中にあることによって、
はじめて涙が流せる状況にもなる。
そこがこの番組の魅力。
で、また、この番組見ちゃうと、自分のクルマやバイクの手入れしたくなるんだよね。
明日、ハーレーのシートの補修にもチャレンジしてみたくなる。

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2018/07/29

LAW&ORDER

Dick WolfプロデュースのLAW&ORDERというアメリカのドラマ、
FOXなどで見るようにしているけれど、
これは、演技でみせているドラマなんだなと。
ド派手な展開もシーンもないけれども、
取調室や法廷でのシーンの連続で、
これこそグレッグデール氏が言っていた演技のことなんだと。
細かく観察しながらも楽しめる。
まさに心の攻防が、演技としてみられるもの。
なかなかここの境地まで行くってのは、本来は何回も練習してないと。
でも、ワークショップで叩き込んでいれば、そりゃー、普通に。
それが面白くて、ナチュラルで。
イッキ見サンデー・・・うん、面白いが、寝なくては。

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貝印のイグニス

貝印のT字カミソリ、イグニス。



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イグニスFitは以前に使ったことがあるのだが、このイグニスの赤と黒のモデルの方が僕にとってはベストフィット。


T字カミソリにおいてはShickが好きな僕ではあるけど、

コストパフォーマンスにおいて、

この商品をドラッグストアで目にしたことから、手に取ってみた。


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まぁ何よりは、赤と黒と言うこの色使いデザイン性に惚れて買ってしまったわけだけど、実際に使ってみると、

貝印の2枚刃モデル、ベスティーと比較して、同等かそれ以上の使い心地。


刃の枚数が増えることによって、剃り面の面積をとってしまうので、

鼻の下から唇にかけてと言うのは、かえって剃りづらく感じることがあるのだけれども、これはシッククアトロに並ぶほどの、剃り面の面積に抑えてある。

ただまだ、総合点ではシッククアトロにはかなわないなー・・・とは思うものの、

Kaiの中ではかなりいい。


夕方になって、ひげが伸びると、かなり鋭角に切れ込んでいたことが指先でわかる。


値段考えると、シックの半分ほど。

コレはこれでアリという僕なりの感想。



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2018/07/10

粋って感覚がさ・・・

いろんなとこで、最近『粋』って感覚がなくなってきているんじゃないかと。

歌丸さんって、粋だったよなー。
ぼくからすりゃ、ずっとおじいちゃん・・・というような先達だった。
まあ、祖父に似ていたってのもある。
おじいちゃんは、よく宮前公園で、『粋』な話をしてくれた。
黄色いブランコに乗りながら。
そもそも、朝、早起きして、
それで二人で公園出かけて行って、
そんな状況が、まず『粋』だと教えてくれた。
そうでないと話してもらえない環境。
粋な話は粋なシチュエーションから始まる。
粋なプレゼントってのは、相手が喜ぶ粋なものでないといけないと。
そうとも教えてくれた。
サプライズでプレゼントってのは、
相手が喜ぶものでなければ、自己満足になってしまう。
まったく粋でなくなってしまう。
サプライズが粋か?というと、そこは?マークな僕がいる。
粋なシチュエーションのもと、粋なプレゼントしてこそ、
はじめてサプライズの本質。
そうでない光景もいっぱい見てきた。
プレゼントに限らず、粋な話が出来るようでないと。ね。

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2018/07/04

カテゴライズとはこれいかに

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どこかでカテゴライズすることばかりが進化してしまうと、

そこに当てはまらないものが、否定されてしまうことに危機感を覚える昨今。
カテゴライズするってことは、データにするためなんだろう。
でも、データだと選択肢の中から選ばなければならなかったり、
当てはまらなくとも、必然かのように、無理やり入れ込む。
そんなデータには置き換えられないものが、
世の中ごまんとある。
それでもデータ万能主義が、仕事的には説明しやすかったり、
説得力があるかのように、説き伏せることが出来る・・・ゆえに、
カテゴライズして、データにしたがる風潮。
でも、提示してない、出来ないデータだっていっぱいあって、
データとして見せないことでも、説得力を加味するケース。これまた、ズルく思える。
もっと現実的な話、
演劇やラジオなんて、データでつくりあげること、不可能ですって。
人の気持ちが、コンテンツになっているわけなんですから。
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例えば、今やってるレディオファントムで、
スポーツヒーローズというコーナー。
個人的にも、あのコーナー、好きでして。
知らなかった、アスリートを知り、また、その裏側の話まで。
たった5分の朗読勝負だけど、
ブランクヴァースを活用しにくい音読だったりもする。
でも、それを番組でやりながらも、僕も聞き手になっている。
そんな自分がいるし、
これ、データ主義だったら、絶対クローズアップされないスポーツだってある。
データってのは、自信がない場合の拠り所にもなってしまっているのかもしれない。
データが存在してることは語れても、データにないと語れない。
それって、データがあっての自分になっちゃってるんじゃないだろうか。
しかも、そのデータってのは、自分で調べたものではなかったりする。
何かのデータの集計者の意思が反映されてる場合だってある。
そしてあえてデータにしないデータもある。
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カテゴライズできないものが、いっぱいある。
それを忘れちゃ、人間的でない世の中を助長しちゃうんじゃないだろうか・・・。
最近は、本を探す時に、そんなことの一片を感じることがある。

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