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2018/05/28

根本的な疑問と・・・みて見ぬフリ

シャーリー&ヒンダ ウォール街を出禁になったふたり





という映画、何年か前に味わい、


当時、番組でも話したことだった。




それが今でも、頭の中をよぎる・・・瞬間が増えている。
自動車税を払うべき5月、それを何回も思い出すし、
それでも当然、答えなどには到達できないことではあるのだけど・・・。




そもそも、成長なんて言葉は、悪いことには使われないという感覚。しかし、




その成長は、何かの犠牲によってもたらされていると考えた場合は、


見方が変わってこないだろうか?


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経済においての成長って言葉は、一種の鎮痛剤のようなもので、


なにかを見えなくしてしまっているんじゃないかと。




もし、そこに乗っかる・・・というか、日本にいる僕らは乗っかているわけだけど、


ならばもっと、基本的な部分で感謝や尊敬が、インフラに対してなされるべきではないかと。


そう思うことが多々ある。




日常の中で見て見ぬふり・・・ではなく、


考えて考えぬふりをして成長続けることを前向きに考えるようにしている部分はないか。




自動車税を払う時期になると言われる言葉、出てくる文章として、


『物は大切に』と教わった。資源を大切にしている事にもつながる。


しかしながら、日本では、それが悪とされて、


自動車税が上がってしまう車が個体として存在していること。


矛盾・・・だけで考えれば、こんなケースも、感じている方がいらっしゃるんだなと。

それは、この前、ラジオの企画として番組で放送されていたこと、
とある住宅メーカーの人が、一般リスナーかの方からの質問に答える形で、
『なぜ住宅の余り現象が発生してきていると言うのに、新しい住宅を作っているのか?』
という問題に関して、結局は明確な答えを出せずにいた番組があり、住宅メーカーの方も仕事だから作っているのだ…と言うような着地点にしか到達しなかったようであった。
まあ、そこは、僕からすれば、住宅はステイタスでもあり、目標にしてきた場合、それが『新しい家』という価値観の誕生にも繋がっているということ。いいと思うわけだが、
一方で、以前、このブログで東急田園都市線沿線の『地域という概念の消費』について書いたこともあるけど、武蔵小杉なんかでは、同じ現象がスタートしていると感じることもしばしば。
どう考えたって、30年後のビジョンは、今語られていない。
10年後ですら、語られていない。
今は幼稚園が足りなくて、小学校が足りなくて・・・
しかし、地域が受容する人口は限られていて、
同じ地域に同じ年代の人、世帯ばかりが住んだ場合、
あきらかに、何年後か、この足りなかった幼稚園は園児不足になり、立ち行かなくなる。
小学校だって同じだろう。
東急田園都市線沿線の開発で経験してきたこと。


明らかに存在している矛盾。
その存在ががあるわけで、それでも甘んじて受け入れる共通認識がある。


矛盾があることは重々わかっている。

色々な矛盾があるわけだけれど、それこそ、当たり前だと思わずに、


ちゃんと認識することで、日常の有難みを享受することを忘れたくはないもの。




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