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2016年3月

2016/03/31

ついに…かなぁ。

ついに…かなぁ。
もう、僕のポケットの中がスマートフォンになってから、歴代の伝統ともなっている…。
あくまでも僕個人のケースなのだが、

一度も満足出来た事がない。

今使っているやつは、これまでの使用した機種に比べれば、まだまともだか、バッテリーが100%から、だいたい、早いと3時間でなくなる。バッテリーの持ちが極端に悪い。

連絡がとりにくい。

その3時間、何かをしたと言うわけでもなく、アプリを作動させていない、停止させているにもかかわらず、熱くなっていて、バッテリーが消費されていく。

さしずめ、クルマならリッター2キロくらいのクルマに乗っているよう。

原因は、わからない。

『そんなもんだよ』と言う友人もいれば、『ありえない』と言う声も。

いま、この文章をメールで作っているだけでも、4%減った…。ここまででね。

液晶の明るさも最低にしていて、端末基本アプリの『エコ技設定』で、とにかくエコモードにしても、そんなもん。

でも、iPhone使ってる方々からは、そもそも『不調』と言う言葉を聞かない。

SEも出たことだし、あと4ヵ月使ったら、ついに、踏み出すかもと。

朝日新聞社の尊敬するアニキ、小梶氏も
『iPhoneだよ、もうカメラもね』と激しく推薦してくれていたし。

確かに、iPadを使っていると、なんでバッテリーが減らないのかと、毎回不思議に思っている僕が居るのも事実。

でも、それが当たり前なのだと。

なんか、調子があるんだよね。僕の今のスマホは。
あ、また3%減った。減ってる。

そして熱い。

ありがとう!と思える『あたりまえ』と、
こんなもんだよね…と言う『あたりまえ』の二種類が、この世の中にはある。

一回、『あたりまえ』の総点検が必要。

こんなもんだよね…があたりまえになっては、いけない。
だから、そこを指摘したり、追求する番組ばかりがあるが、

少なくとも、僕は番組では『ありがとう!』のあたりまえの方を、感謝の感覚と共につたえる。

でも、やっぱり、いまのは、不便だ。

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2016/03/26

金沢小学校、閉校。

金沢小学校、閉校。
金沢小学校、閉校。
金沢小学校、閉校。
金沢小学校、閉校。
金沢小学校、閉校。
文化放送のキニナルでもクローズアップさせて頂いた、那須塩原市立金沢小学校が、閉校の時を迎えた。

他の番組の取材を終えて、向かった時には、閉校式も終えて、誰もいない体育館。

寄せ書きが残っていた。

意外にも、センチメンタルになっているのは、大人の方。

そういや、番組取材の時は、日産自動車の協力を得て、モーターショーに展示中のクルマ、日産GT-Rで行ったっけ。
来月には、統合された、関屋小学校への取材を行う。

みんなが、イキイキして、小学校生活送っていることを願うばかり。

以前にも、那須塩原で閉校する小学校をクローズアップさせて頂いたことがあるが、その時に小学生、ゆう君とは、今でも番組を通して、つながっている。

ほんと、強くなった。

いつか、娘の旦那さんになって欲しいくらい。頼もしい。

いろんな子供や、児童に関する問題が、東京の価値観ばかりで語られがちだが、
そんなのを笑い飛ばすくらいの、地方の価値観がある。

それを見ずに、政争になってる。

情けない。


子供には、子供の目の前にある問題があって、
その目線になることの方が、よっぽど大事だ。

例えば、この金沢小学校の児童の場合、多くの子供が、4月からの生活に、学校がなくなってしまうことより、

関屋小学校に統合されるために通学バスが運行されるが、

『バスに毎日乗れるんだよ!』
という喜びを隠さなかった。

そういうことなんだ!と。

大人より、前向きな感覚。

子供のドキドキは、まったく想像しなかった所にある。

悲観的でなかった。

色々な問題を、大人の価値観やら、東京での価値観ばかりで議論、語るのではなく、違った目線を持ち、『知る』ことも大切。

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2016/03/24

コロコロ コロフル ニトムズ

コロコロ コロフル ニトムズ
コロコロ コロフル ニトムズ
コロコロ コロフル ニトムズ
あの粘着クリーナーを世界に初めて誕生させ、送り出した…つまりは、コロコロの産みの親、『ニトムズ』

取材に行ってきた。

コロコロ開発までの道のりは、とにかく多くの失敗談。

コロコロ、そもそもコロコロでなく、
産毛取り、虫取り棒、
数々の失敗商品、商品化されなかったアイテムの集合体。

大量に抱えた在庫、それを使って女子社員が、何気なく、洋服の埃を取ったりしていたことが、転用…というか、コロコロの元祖。

そりゃ、もう、30年以上まえ、1983年からだから、初期の製品の特許は切れて、模倣した100円ショップのアイテムなんかにも存在している。

だけど、模倣したアイテムと、研究の上に出来上がった製品とでは、やっぱり違うんだよね。

値段の違いも、そのマテリアルとしてのポテンシャルを知れば、驚くことでしょう。

コロコロも進化してるし、維持すべきところは、継続しつつ。

恐れ入りました!

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豊華の夕ご飯

豊華の夕ご飯
豊華の夕ご飯
豊華の夕ご飯
宇都宮、RadioBerryの近くで、お気に入りの出張時の、僕の定番夕食。

豊華の青椒肉絲定食。

腹ごしらえして、仕事を続ける。

昔、東名飯店というのが、東名横浜インターにあったのだが、その味わいを思い出さしてくれる味。

中途半端な食事より、ここでちゃんと腹ごしらえした方が、その後、捗る。

そして、この豊華の食事を楽しみにする僕もいる。

中華の定食と言っても、ラーメン屋さんのとは、なんだか違う、思いっきり中華料理店の、味わい。

まあ、どっちも好きなんだけどね。

先週は、アリスとも仕事を終えて。

今日は、カウンターで一人で。

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2016/03/22

高知、四万十に教えられること

高知、四万十に教えられること
高知、四万十に教えられること
高知、四万十に教えられること

三月十九日、四万十市の特使を拝命した。

本来、僕が受けるより、
四万十でドラゴンライドのために尽力されていた、
安倍翼さんをはじめ、そもそも四万十の方々が受けるべきポジション。

まあ、それでも、僕も四万十の為に動きやすくなるので
心して拝命させていただきました。
感謝です。

さて、四万十市の特使になって改めて思う事は、
此処何日かも書いてきたこと。
それと共通すること。

一人当たり県民所得は、全国都道府県中、45位で、そのくせ、医療費は日本一かかって
しまう高知県。
勝手な価値観で、幸せランキングを付けられてしまった場合、
それは高い方ではない高知県。

そんな高知県の中でも、四万十は、
高知龍馬空港からも車で2時間以上。。悪条件が揃っているとも言われ、高知の中でも大変だと。

ただ、この書き方、全てが『訪れる側』からの書き方であること。

つまりは、高知の中でも、四万十で暮らして、四万十で完結に近い時間を、生活をしていたらどうだろうか?『大変』という表現は、当てはまらない。

そのベクトルの上で考えねば。

さて、幸福度ランキングに、そこで住む人々の表情が、条件として入っていない。

もし、幸せ表情ランキング、すぐ友達になるランキングがあれば、
高知はそれこそ一位は確実なんじゃないかとも思う。

これは、昨年、尾崎知事へのインタビューでも、仰られていたこと。同感。

そういった指標での判断ではなく、
あくまで東京でのライフスタイルから判断して幸福度なんて決めてどうするんだろう。
これでは、
井の中の蛙が、井戸の中でない事を、不幸と言ってる様なもの。(笑)
僕にはそう感じて仕方ない。

東京の価値観ばかりに囚われることなく、
自分にとっての幸せの判断基準を、
見つけることを忘れてしまっている自分たちが居るんじゃなかろうか。

そう、自分自身が反省する。

高知の方々は、僕の知る色々な場所の中でも、特に個人あたりの笑顔総量がダントツに多い様に感じるのです。

人口比から考えた場合でも、そこまでは行かないと思えても、
県あたりの笑顔総量もダントツではないかと思う。

逆に、人口が多すぎないから、笑顔には適度な人口密度と言えるのかもしれない。

そして、比較をほぼ気にしない。
気にしたとして、データを知っても笑い飛ばす。
笑い飛ばせるのだろう。強い。

僕には強い憧れでもある。

では、問題がないかといえば、そうではない。
それはちゃんと理解している。

理解した上で、比較を意味ないものともわかる。
同じ土壌での比較なら意味あるかもしれないが、
土壌が違うし、それは、価値観が違うから、そもそも比較に当たらないことも知っている。

日々の口に運ぶものの旨さだったり、日常で目にするものの美しさだったり、それを当たり前と思わずに生きている価値観と創造力。

それがあるから、幸せ総量が高いのだとも思う。

僕も、いつか四万十に家族で住みたいと思っている。

問題は仕事だ。

仕事、好きなことをしているが故、『いつか』になる。僕の場合。

ただ、ほんとにそこに、辿り着くためにも、四万十に、今の僕に出来ることは、今の自分だからこその動きをしたいと思う。

もし、仕事よりも『家族』と想う気持ちが強ければ、今すぐ高知、今すぐ四万十は選択肢だ。

それを、もっともっと、確かめて行きたい。

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2016/03/19

人を売る仕事

人を売る仕事
僕が幼い頃から母に教えられてきたことで、
とにかく意識に強く残っているのは、
表方の仕事では、
『迎合と求められていることに応えることの違い』の認識を
しっかりとすること…だった。

まあ、これは実質的にはどんな仕事にも言えること。

それを把握しなければ、
魅力ではなく、違ったものが伝わってしまうということ。

これは、俳優をマネジメントしてきてきた母親だからこその言葉だったのだと思う。

ただ、その全てを『表方』にのみ求めてしまうと、
かなりの負担になるので、
事務所の機能としての、一側面として重要なことなのだとも。

人を商品として扱うときには、
そこに、乗っかってしまうのみの事務所もあれば、
ちゃんとプロデュースができる事務所もある。

その『プロデュース力』にフィーを支払ってこそ、表方は納得がいくもの。
クライアントだってそうだろう。

そのプロデュース力にも、求められていることに『応える力』なのか、
それとも、『迎合するだけの、売り込み』なのかも違いがある。

単なる取り継ぎ作業のみをして、
それを『事務所機能』と認識されても違うし…。

それだけだと、単に表方、出演者に乗っかってるだけ。

同じ様なことが、現場でも繰り返される。

その時に、事務所レベルで迎合しつつ、現場は期待に応えてしまっていた状況の繰り返
しで、
一個人が見事なまでに一人歩きしてしまう場合もある。
ちょっと最近話題になってしまってるケースは、これだと思う。

そこで、

事務所はベストの仕事をしたのか、
はたまた、出演者もベストの仕事をこなせたのか?

これは、両方の側面を担当する僕の現状から考えた場合、
今だからこそ、見えてきているものも多い。
この立ち位置に感謝する今日だった。

そこに、自分への反省も生まれたりするわけです。

例えば、
放送局に行く。
その時に、自分がスタジオ外でどの様に存在していられるのか?
これは、自分だけの力ではなく、
受け入れてくれてる放送局のスタンスと雰囲気作り、
そこに感謝する僕だったりしている。
『このステーションのファミリー』
なんて言ってくれて紹介してくれたり、

生放送中に飛び入り参加さしてくれちゃったり…。

僕がお世話になっている放送局の幾つかの中で、
やはり、『利用してやろう』だけのスタンスの局もあれば、
『この人の魅力を発揮させちゃおう!』というスタンスでコンテンツが生まれる場合と
がある。

これは、局だけでなく、実際に番組作りをする制作会社だったり、
現場のスタンスにも違いが出る。

今日はそれを実感もした。

大野勢太郎さんが、
場の空気から、話の回しまで、細かに、そのくせ大胆に気を遣ってると見せないながら

『配慮』だったりね。

一方、現場で問題があった様に言われる場合に、
真意を汲み、守ってくれるプロデューサーだったり。

厳しいことを言われても、
納得できる環境と、それまでの付き合い。
それがちゃんと構築されてるか否か。

方や、こちらから挨拶しても、
全く挨拶できない人が多い集団…局も。

小学校でも挨拶は教わるのに、
それができていなくて、情けなく感じてしまう僕がいる。

こういう環境で、ラジオが生まれるって、なんか…否、なんかでなく、違う。

幅広く話が広がってしまったが、
基本的には一つのことがベースのお話。

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2016/03/17

アリス パッキエと斉藤参事官

アリス パッキエと斉藤参事官
アリス パッキエと斉藤参事官
フランスから来ているアリス、彼女とほ、もう3年の付き合い。

彼女は個性的で、正直で、しかも凄く頭の良い女性。

なんだか、アメリカのドラマNCISのアビーに、僕の中ではキャラがかぶる。

天才肌でもあるのだ。

市役所で働いているが、市役所向きではないくらいの感覚も。(笑)

ユーモアの塊でもあり、皮肉も上手で、
日本が大好きで、日本人以上にジョークが上手い。

You got Me!なのである。

今日は、いつもの番組以外でも、彼女とスタジオで。

笑った。

彼女との距離は、8月から少し遠くなってしまうが、それでも、仲間という意識は薄れないだろう。

それから、斉藤さん、
市役所の参事官である斉藤さんが、この3月いっぱいなのだと。

色々な面で、僕のわがままを通して下さり、それは、結局は番組のためであるのだけど、ちゃんとそれを理解して、最大限のパワーを使ってくださっていた。

もう、仕事の関係が一切なくなる今後だからこそ、そんな斉藤さんと、お酒を酌み交わしたいものだ。

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情報に対する過度な期待

情報に対する過度な期待
なんだか、
『情報に支配されている』
そんな傾向が強いようにも感じるこの頃。

ひとたびトラブルがあれば、自分ではなく、情報ばかりを責めたて、反省とは程遠い認識しかなかったり…することも。

『情報を利用』するのか『情報に利用』されるのか…。

アタマデカチな感想を目にすることが多くなった。

意見ではなく、あくまで『感想』。

例えば、
そこに対するアンチテーゼの企画、そんな番組であるにもかかわらず、
『情報』をベースにしか、番組を味わえない種類の方々も見受けられる。

一番は、自分が生きていること、生きること。
それはどういうことなのか。

そこに情報があって、役立つため。役立たせる。そのため。

自分に情報をどう加味させるか。

『知っていること』は優れたことではない。

『知ろうとする探究心』こそ、魅力的なもので、
その『知ろう』は、文字情報や、平面上にばかり存在するものではなく、実体験であるべき。
人間なのだから。

情報のために本末転倒になってしまっているケースも。

例えば、番組では、『人の言葉』『モノに対する人の底知れない愛情』
を伝えているにも関わらず、
スペックばかりを議題に上げる輩。

スペックを議論する、
ないしは、最新を紹介する番組じゃない。

今は北海道放送に行った、高橋ディレクターが、
とある番組の最後、スタジオで、

「僕は、できる限り眞善さんに『紹介』という言葉は使わせない様に配慮してました」
「紹介番組なんて、インターネットでやればいいんですから」

そんな言葉を後任ディレクターにアドバイスとして残していった。

あれは、僕も『そうそう、まさしく、そう、同じだったんね!』と。
その番組に対してね。

別に、僕らの番組は知識を競う番組ではない。
そんなのは、他でやってくれ。

当たり前と思っていることを、見直そう。
つまりは、日頃から心動いて、感謝の気持ちなり、
オドロキの目、興味の目、
そんなものの起爆剤になれば、その番組は嬉しいという気持ち。

情報を伝えている番組では決してない。

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2016/03/16

元待機児童を前にして

元待機児童を前にして
元待機児童を前にして
すごいいっぱいの子供達を前にして、
楽しい時間を過ごし、
そんな子供達から、お父さんお母さんの自慢を聞くとき、その誇らしげな口に、何度となく喜びを見つける瞬間があります。

最近は、テレビのコメンテーターの方々の中でも、
女性の幸せが、
見事に一元的な見方でしか語られない様になってきたとも感じるのです。


多様な価値観とともに、
多様な幸せがある。

そこには、僕らオトコでは味わえない様な母親ならではの特権ともいうべきものがあることだろう。

いや、間違いなく存在していると実感もする。

また、こう表現すれば、一元的な価値判断の先駆者様から怒られそうだけれども、

何をもって平等というのか。

その平等は他人によって決められるものでもなく、
本人が公平感と幸せを享受出来ていれば、
それは平等の大原則と認識できないだろうか。

贅沢な瞬間。

寿司屋で、僕は貝刺しが好きで、
中トロ、メカトロなんかも好きで、
はたまた、十四代なんてお酒がありゃ、そりゃ、幸せだが、
同じものがカウンターに並んだって、幸せには感じない人だっている。

かたや、そんな高級店でも、
『カニマヨ!』って頼んじゃう様な。
そんな人には、不公平感満載の高級店。
浜寿司の方がよほど幸せだと。

僕なんかは、最高級ワインでもてなされても、
松竹梅の豪快やら、ハイサワーの方が幸せな時が多い。

それを今、画一的に
高級ワイン=幸せ
という価値観の元に色々な議題が、平等という土俵の上でばかり話されている様な感覚を覚える。

また、そんな土俵に乗ってしまわされ…て、自分の生活を見る事で、実質的に幸せを喪失しているんじゃなかろうかとも見受けられたり。

まあ、その感覚だって、他人である僕が勝手に想像するばかりの領域でしかないのだが…。

でも、具体的に行政サービスの子育てサロンなんかを訪れると、子育て専念して、そりゃ、世帯収入は以前よりずっと減ったけれど、

幸せレベルは格段に上昇したという方々を多く見るし、出会い、話す。

何を幸せと感じ、なにを不幸せと感じるかは、そりゃ自由なんだけど、
でも、食わず嫌いで、ないしは
画一的な価値観の元に、不幸せと考えてしまうのは、非常に勿体無い。

この問題については、取材時間は多く割いている自負があるのだけど、

保育士さんが言っていた言葉が、強烈な印象。

いまや、お母さんと一緒の時間より、
私達と一緒の時間の方が多い子たちもいるんです。
極端に言えば、子供が起きてる時間は、絶対お母さんより接している時間が、多い。
だけど、お母さんは一対一、
こちらは、一緒の時間が長くても、
一対二十とかですから、親御さんには同じ時間では絶対勝てないんです。

それでも、私たちの方が実質的に多い時間を過ごしている。

結局、子供が大人から受ける愛情の総量は劇的に減っているかもしれません。
それが原因だと思うのですが、
言葉に表情の無い子供が多くなってきているのも、現実です…。と。


待機児童の問題が『保育園の数問題』に画一的な価値観で見られがちだが、
総活躍社会が、総、収入ある環境人員社会と解釈されたり…。

待機児童の問題野本質は、待機児童を減らすこと。

保育園の数を増やすことばかりではなく、
広いアプローチで考えれば、
待機児童という概念に当てはめられる児童を減らすことが、

それこそ解決策で、
それなら出来るんじゃないかとも思う。

活躍は、お給料をもらう事ではないとも思う。

子育てという親が直面する事実において『活躍』とは何なのだろうか?

少なくとも、僕が敵わないくらいに、子育てに活躍している人をいっぱい見てる。
これも、『活躍』である。

世帯収入ばかりに目を奪われがちだが、
これからを、世界で生き抜いて行く子供たち、
未来を育てることは、今稼ぐより、どれだけ責任あることか。

そりゃ、僕だって、収入は上げたい。
世帯収入だって、貯蓄だって増やしたい。

だけども、それ以上に大切なことがあって、
それを守ることができれば、
今は、なんとか…とも思うのです。

先日から何度か、似た様なことを綴っているけど、
画一的な価値観で、そればかりが善とされてしまうと、
問題解決へは遠回りし、しかもアジェンダがすり替わってしまう。
ちょっと危険な風潮かなと。

あまり声を上げることのない現実の中の幸せを見つけたポイントにある方々の声からは、あまりに乖離しているところで話が進んで、議論が、その場しのぎになってしまうようにも。

そんなことを、元待機児童であった、保育園に行ってない子
(行けてない…ではない)
そんな一人を前にして思うのです。

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2016/03/15

価値観の多様性を

最近のニュースでは、
こぞって『我感覚が正しい也』と言わんばかりの、

『問題にする』前提での記事が多いようにも思われる。

それは、新聞に留まるだけでなく、
個人の意見は意見ではなく『批判』のみである事がほとんど。

『そういう考えもあるのね』
と、相手の意見を認める事からスタートせず、

誰かの意見に対し、『アホ』『バカ』『オカシイ』
などの意識から入って、
結局は『誰かの意見を否定するだけ』の
それが、
『自分の意見』とでもあろうかのような…。

『そうそう考えもあるのね、でも、私の場合はこう考える!』
という、
自分の意見、その表明あっての、『それとは違う』でないのが、非常に残念。

こうなると、意見を表明すること、そうしている人が、損な役回りとなってしまう。
否、もうなっている世の中だと感じる。

つまりは、否定された方は、相手に話が出来なくなってしまう。

『正しい事』と言うのは一つではない。

いくつもの価値観に基づいた正しいがあってしかるべき。

例えば、
大阪の中学校の校長先生のニュース

大阪の中学校の校長先生のニュース

これは、正しいとか間違っているかの判断に準じるニュースではないと思う。

そういう価値観もある校長先生なのね。
そんな考えもあるね。

それくらいに留めておくべきだと僕は思う。

で、学生が取捨選択する価値観であっていいとおもう。

世の中に正しい価値観は一つしかないのならば、
それは、そこから違えば否定されても仕方ないし、
問題になるべきだとは思うが、
そもそこ、正しい価値観は、一つではない。

国、文化、思考が違えば、色々な選択肢があって当然。

海外に対しての思考では、『それは仕方ない』と言えるのに、
なぜ国内での話題だと『アタマオカシイ』になってしまうのか。

こういう話題をクローズアップしている新聞を前にして、
社説を読んだり、推察も目にしてみる。
その時に、自分の思考と何が違っているのか、
何が乖離していると感じるのか。


自分の思考に冷静に向き合ってみる。

次には否定でなく、
そんな考えがある事を認める。

そして、『違っている思考』があること、存在していることを認める事。

いま、Twitterや、Facebookなどでも、
違った意見を認めない…
意見が存在する事すら認めない。そんな短文やら主張を目にする。

オカシイと思う事実に関しては、そりゃ否定するのは当然だけど、
思考を認めないのは、それこそ、
これからの価値観が、何かの勝敗によってシステマチックに判断され、
そこに『人』である意味がなくなってしまうのではないかと。

面白みのない価値観に支配された社会になってしまう。


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2016/03/14

システムの中では

システムの中では
昨日の生放送でも話したが、
人間はどうも、システムの中で徴収されるお金に対しては、
見事なまでに比較のしようがない。

税金をはじめ、決められてしまっているものには、
払うしかない…という選択肢。

つまりは防ぎようがないという事。

今月は、カードの請求が来て、『ヤッパリ』の『ビックリ』である。

給料以上の請求。完全赤字。

自分から購入に向かうものについては
『買わない』『安くなるのを待つ!』
なんて選択肢があるものの、

システム上、後から請求があるものについては、
なかなか逆らう事ができない。(笑)

さすがに病院で『値段を比較しながら治療をチョイスする』
なんて事はできにくい。

だって、『想定予算が足りないので、治療はいいです!』なんて断るのも、
これは、人としてどうなんだってことになる。

健康のためにならば、そりゃ、保険適用外でも、最善の治療を。

治療案、使用薬品の選定、
それは、さすがに価格.comでも、比較されてないからね。(笑)

セカンドオピニオンなんてシステムだって、
費用のために選択肢を作るためじゃない。

ゆえに、医療費なんかは、もう、これは払うしかない。

おそらく、今月の支払いから当分は赤字続きの請求になることだろう。

そこに、そもそもの生活費だって乗っかってくるから、さあ大変。

でも、だからと言って、暗くなっっても仕方ない。

快活に、そして幸せを噛みしめながら生活しなきゃ、
仕事にだってマイナスな作用が発生してしまう。

暗くなっても何にも変わらないのだから。

ならば明るく。

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2016/03/11

原稿用紙なら

原稿用紙なら
ホテルでの夜、ゆっくり時間かけて原稿を。
原稿用紙にペンを走らせる。

書いては、読み直して、原稿用紙に上書きして、それが、形跡として残る。

上書きの歴史を巡り、結局は、元に戻ることも。

やっぱり、液晶画面での文章作成は、こうは行かない。

仕事仲間には手間をかけてしまう事も多いが、基本、僕はこれだ。

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2016/03/07

久保田彩乃

久保田彩乃
スケジュール的な都合もあるが、
比較的彼女の番組を味わいながら東北道を移動する事が多い。

あと、玉川美沙さんのFACEとか聴きながら。
だから、木曜日の移動は、耳が楽しい。

上手いなぁ~と。

僕の好きなタイプの話し方。ナチュラルで、嘘がない。
過度に演出され、結果、話し手の存在が、嘘になっちゃってるような番組もある中で、

とにかく心地良い。

僕も負けずに、嘘という演出のないように。

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