人は様々なもので
人と言うのは様々なもので、
同じ事象を目にしても、受け取り方は千差万別。
感想のメールを頂いても、ベースとなる思考は様々。
3時間かけて話したことが、
ほんの15分にまとまる。
その中で、映像コンテンツとして、
最善の着地点を作り出してくれていた作品、それを見たとしても、
そこから、自分の見ることの出来たコンテンツだけで人の時間を判断するのか、
それとも想像や事実を加味して判断して意識をするのか・・・。
たとえば、ただ一部分を切り取ったものだけで、
それが全てかのように受け取ってしまうのは、稚拙でもあるなとつくづく。
それにしても、テレビの反響と言うのはすごいんだなと感じる。
でも、ラジオ以上に、映像があるから故か、
簡単にイメージできて、その先・・・想像と言う作業をしない・・・
ラジオとは違う反作用があるのかもしれないんだなと思った。
想像してくださった方や、覚えていてくださった方もいたけれど、
たとえば、弟が自らの死を選択するしかなかった話や、
両親が結婚し、僕らが生まれた時から積み立ててくれていた
学資保険を、勝手に解約して現金化されて持って行ってしまった話。
もう一方の側に立っての見方、事実というのは
インタヴュー3時間の中で、話していても15分には入らなかった。
そう、それは、番組が最善の着地点を考えてのこと。
ディレクター氏の葛藤もわかった。ありがたかった。
納得した僕がいる。
その上での、僕の「軽蔑」と言う言葉は、
いかなる理由であっても、他人を死に追いやってはならないだろうと。
それは絶対。
しかも親子であればなおさらのこと。
それを軽蔑すると。
この「いかなる理由」すらも、稚拙ではあったのだが・・・。
あくまで、番組で描かれていた、
貧乏かのような生活を「軽蔑」ではないんだよね。
そして正しくは、貧乏ではなく、節約、倹約する家庭だったと。
そこは、僕は幸せと感じていた部分ですらある。楽しかった。
故に、そんなことで、軽蔑ではない。
節約生活が根底にあるから、今の仕事の中身につながっている部分も大きい。
テレビとラジオの違い、一部分が見えた感じでもある。
色々な事象を比較して伝える・・・
これからも、「キニナル」で実践していきたい。
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