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2014/04/06

混沌とした皮肉

混沌とした皮肉
例えば…。

『私はあなたを裏切らない』
そんなことを言った人が(裏切った)ならば、
『私はあなたを裏切らない』
という、そのこと自体が『嘘』になってしまう。
ならば、初めから『私はあなたを裏切るかも知れない』と、嘘なく言われている方が僕は好きだ。

カッコいい言葉を大量生産して、ことごとく新たに『嘘』を生産されてしまう皮肉。

どんどん言葉が安っぽくなってしまう悲しさ。

僕は、言葉本体を、コトバとして仕事にしているからこそ、『裏切り』とかにではなく、言葉の軽々しくなる様に悲しさを覚えてしまったりする。

言葉を生産したならば、それを嘘にしない労力が必要になる。

言葉を生むことが、嘘を生むようなことにはしたくないもの。

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コメント

言葉が大切なお仕事で、そのことに対しどこまでも誠実であろうとする真善さんだからこそ、「嘘」に直面されることも人一倍多いのでしょうね。
そうだとしても、「~かもしれない」といった留保つきの表現の方が好ましいとは、私には思えないのです。なぜなら、そこからは前向きなコミュニケーションの連鎖は生まれ得ないから。
言葉を「嘘にしない労力」を払い続けることを忘れずに、一歩踏み込んだコミュニケーションが成立すれば素敵だと思います。
今日も生放送がんばってくださいね。拝聴させていただきます。

投稿: ai | 2014/04/06 12:41

どちらの言葉を使っても人を裏切れば両者とも不誠実なただの裏切り者。
言葉の使い方の問題よりその人の人間性の問題だと思う。
どんな言葉を使うのかは人それぞれだけど、せっかく使う言葉なら人を不安にさせる言葉を使うより相手を安心させたい言葉を使いたいです。何かに不安でいる人がいれば相手を安心させたいから使う言葉には思いやりのある優しい言葉になるんじゃないのかな。
同じ言葉を使っても人間性が違えば言葉の意味も変わってくるけど、言葉に込められた想いだけは感じとれる人間になりたいものです。

投稿: | 2014/04/08 09:01

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