ようやく、4月入っての新番組ラッシュも終わった。
僕が関係する番組は、ほぼすべて、上手く行ったんじゃないかと、
勝手な自己満足の時間をつかの間、過ごしてみた。
文化放送での「キニナル」が、僕の中でのラストスタートアップ。


ホっとしている。
そして、明日からはそのための取材、企画がドォーーーーっと押し寄せてくる。
体は元気だ。楽しみである。
それにしても、
青山ディレクター、金巻ライター、清水P、井出さん、デスク青柳さん、
相方の加納有沙アナウンサー、サムライインキュベートの榊原さん、
見事に世代が違っているのに、
価値観の相違を乗り越えた、目指す「先」の共有ができてる感覚、


それが本当に嬉しくてさ。
「番組を育てる」ということ、もっともっと、やってやりたい。
世代を超えて愛される番組に。


ただ、僕を悩ます問題も。
僕が近頃感じる世代観の違い・・・が悩みでもある。
理想ばかりで、目の前の対処が出来ていない人とも出会っていた。
これは「人」個人の差異ではなくて「世代」の違いなんだろうか・・・。
まだわからないでいる。
例えば、こういうこと。
太平洋上で、船がなんらかの原因で傾斜してきている・・・。
船長の理想は、ヘリコプターでの救助かもしれない。
そのためにどう、救助隊に連絡するか、
どう救助してもらうかばかりを考えて、
「何故、今、傾斜してきているのか」を考えず、
原因も見つけ出さない。そんな船長がいるとしよう。
クルーが原因を見つけて、
「船底、キールとバウスプリットに亀裂が見つかったよ」と教えても、
そこは船長、理解したかのようで、
船底のバウスプリットに出来た穴を塞ごうとしない。
船長は、あくまで理想のヘリコプター救助のビジョンを計画している。
一生懸命ね。
たしかに、そこは一生懸命なのがわかる。
だ、だ、だ、だけどー!
ヘリコプターが到着する前に、そもそも船は沈んでしまう。
さらに、「亀裂はどうなりましたか」と聞いて、
それを指摘すれば、わかっている・・・かのように見えて、
結果、さらに言われるまで、「穴を塞ぐ」ことをしない。
もう、船底は、海水で満たされ、亀裂を修理することすら、出来なくなっていた。
そして、「理想であった」ヘリコプターは、当然来ない。
「船をマザーポートに帰港させるまで命を賭ける」はずでも、
そんな船長の下では、一等航海士である僕でも、
クルーとして乗り込みたくはないわけだ。
実際問題、僕は船長の資格を持っていない。
一等航海士までだ。あとは、経歴が必要になってくる。
でも、その経歴を歩むことすらも、
船が沈没してしまっては出来ない。
QE2ばりに、僕の理想といえるような、大好きな船であったとしてもだ。
はたして、僕が乗船したのは、潜水艦だったのか?
それならそれで、初めから僕の認識が間違っていたことになるのだが・・・。(笑)
話を戻そう。
文化放送「キニナル」の処女航海は、挑戦的に、それでも安全に、航海をした。





タイタニックではないけれども、
無用な自信過剰ではなく、着実に航海日誌のページが増えていくことと思う。
そうしなければいけない。
飛行機にはない魅力が、ラジオという船旅にもあることを、
一等航海士として伝える責務が僕にはあると信じて。