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2012/08/05

なぜ雑誌は、本は、あり続けるのか

ある個展に。

トークショーも行われた。

S0001

大きなテーマになっていたが、答えは簡単だったと思った。

ここに集まる人が居るから。

S0004

薄暗い明かりの中で、声が響いていた。

やっぱり紙には魅力ある、ソレにしかないものがある。

S0003

主催は、何度かここにも登場いただいている

朝日新聞の小梶さん。

あなたのような人が居るから、雑誌も本もあり続けるのです。

だって、あなたは本が愛しくてしょうがない・・・ってのが滲み出ている。

それは僕も同じなんです。

その意味を探そうなんてしなくても、

根源的な「知への欲求」は紙の上でしか発見できないこともあるわけです。

液晶パネルの上の情報には、「後戻りできない」という責任感は、

「存在しなかった」ことに出来てしまう以上、難しいのでしょう。

つまり、「発信に消しゴムがあるかないか」です。

ラジオにも消しゴムがなくて、本にも雑誌にも消しゴムがない。

発信の前には何度も消しゴムを使い、悩んで、またつくる。

世に送り出した後、ないんです。実存になるわけです。

S0005

そんな、切迫感ある作業を経ての実存は、液晶パネルの情報とは違います。

この記事だって、消せてしまうわけですから。

写真もプリントしてこそ、実存なんだよね。

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コメント

こんにちは。
突然の雨、大丈夫でしたか…?

私は、「実存」をテーマに修士論文を書こうとしたことがあるので、とっても興味深い記事でした。

私達は本のページをめくりながら、‘物事が「実存」する’ことを体感しつつ学んでいるのでしょうね。

きっと、素敵な個展だったんだろうと思います。

投稿: ai | 2012/08/06 15:33

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