僕が「恵まれているなぁー」と感じること。
いっぱいある。
恵まれてなかった・・・と思っていた事も、
人生続けていると、「結果、恵まれたな・・・」と思うように変化することも
今の僕の仕事は、「人に伺う」ことをしている時間が多い。
どう伺えば、本当の話をしてくれるのか・・・
これは、僕が恵まれてなかったからの環境経験?故かもと思う。
僕の育ちゆえに、小さい頃から「伺われること」が多かったのだ。
まあ、「普通の伺い」なら別として、
僕の浅はかな人生経験上での、「究極の伺い」と思っていることも経験した。
弟が他界した時がそうであった。
弟は、「父に殺された」といってもいい死に方をしたわけだったけど、
その当時、それに関して、
週刊誌やら女性誌なんかの取材攻勢を24時間受け続けた。
それが一週間くらい続いたかな。
けっこー怖いんだよー。コレが。家に帰ると知らない車が並んでる。
家に入るのに捕まりそうで、入れなくなる。
あ、横道に話がそれたが、
多くが、なんちゃら勝手なイメージを真実として成立させるための伺い、取材だった。
女性セブンなんかは、一人暮らししていた祖母のとこにも張り付いて、
祖母は恐がっていたっけ。祖母には「自殺」という二文字は隠しておきたい事だったのに・・・
ま、イメージと実際は違うもので、
僕なんかの大学時代はアルバイトに忙しかった。
大学行ってる時間以外は、ほとんどアルバイト。
一日にESSO石油、ピザーラ、そしてラジオのADと、遊んでる時間なんてほとんどなかった感覚。
だから、必然と友達も同じように、バイトも頑張ってるような仲間が友達になった。
遊ぶための金欲しさというのとは違ってたかな。生活するための、それからちょっとの余裕の金を稼がなきゃいけなかった感じ。
家族みんな、父親に騙されちゃって、慰謝料も養育費もなしで母は離婚して、
(父が俳優人生の最期に映画を借金して撮りたい!だから君たちに借金で迷惑かけないために、離婚する・・・と言うような話だった)
挙句の果てには、父は深夜に家に忍び込んで金庫を開けて
母が死守していた僕らの学資保険まで持って行って現金化して、
なーんにもなくなっちゃった。
それでも、母が仕事して幸せに育ててくれた。
不自由なかった。
まあ、3人兄弟でも、父との距離感、接し方、思いもそれぞれ違ったが・・・
さて、そんな前提条件の上で、
弟は社会人3年目くらいで自殺した。
仕事で父を見返す!なんて張り切っていたが、結果、仕事でも裏切られたんだよね。
もう週刊誌、女性誌と言った雑誌には適当なことを書かれた。
取材もインタビューも適当。
もう応ええたくもないし、答えない。
脅しに近いようなものまであったかな。
その中で「週間女性」の記者だけが違った。
他紙が、イメージを成立させる為の証言を切り取ろうとしているのに対し、
一切イメージに囚われず、「本当を知りたいのです」だった。
「僕と(記者さんのこと)同世代の人間の一人の命が、自らの手での死を選んだわけを知りたい」
そういう言葉も伝わってきたし、何より「知りたい」という姿勢が本当だった。
彼の何を感じて「本当だった」と感じたかは、それは、それこそ企業秘密。
今の僕の財産。
週間女性の一記者である彼の姿勢に学ぶことが出来た。
他紙が勝手なことを書いてる中で、辛辣だけども、
週間女性の記事だけが驚くほどに事実を並べ、コメントを並べ、
推測ではない真実に近いものを記事にしていた。
事象あってのヒトではなく、人があったからの事象である事が多いと思う。
「人に伺う」ということ、ひとつをとってみても、
色々な伺い方があり、引き出し方がある。
彼だからこそ引き出したコメントが、週間女性の記事には並んでいた。
こんな経験を否応なしに経験してしまった・・・
本当に最悪だと思っていたことも、
今では「結果、恵まれたな・・・」という経験になって、財産になってる。
なぜなら、「取材される側も、取材する側も」両方経験しているから。
今では取材する側・・・ということが多いが、
常に両方でありたいと思っている。
今、本当に僕は恵まれている。
それもすべての過去、嫌な過去すらが財産として、
有難味を抱かせてくれる。
そのためにも、いい番組を作りたいと思うし、
人があっての、今という財産になっているなと、
つくづく思うわけです。