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2009/10/01

真実かアートか

真実かアートか
今日の産経新聞7面、

写真家 杉本博司さんのインタウ゛ュー記事、フィルム、デジタルの見解、
説得力あるもので、なんだかスッキリ。

フィルムでの銀塩写真が真実を残す、真実を写す‘写真’であり、
デジタルは記録されたアートなのだと。

フィルムは撮影に失敗したら、撮り手が失敗したことも記録され、写真、フィルムというものが物理的に、この世に残る。

しかし、デジタルは失敗したものは存在しなかったことにできてしまう。
そもそも、失敗も少なく、写される対象を絵としてカメラの画像処理プログラムが創りあげている。

つまり、嘘のフィルム写真はない。写っているものは本当にあったこと。

デジタルは嘘であることの方が多い。すべては虚像。故にアートであるのだと。

真実に忠実な写真と、感性、感覚に忠実なphotograph。

日本独自の言葉を使って、‘写真’というのは、その本質に忠実な表現になっている気がした。

そして、写真、photograph、その両者が混在して‘今’なのだと。

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コメント

なるほど~!
眞善さんの‘今’はどんな風だろう?ってふと思いました。私は最近、‘真実’から遠ざかっています(^^;)

投稿: ai | 2009/10/01 19:34

最近は、写真のネガを見る事が少なくなりました。

以前は,写真と一緒に父が持ってきた、ネガを眺めるのが楽しみだったなあ。

写真とアート。


眞善さんは、どちらの方が自分の表現したいもの?

今、いろいろな状況に応じて、眞善さんがカメラやレンズを使い分けておられるように、その時、その時によってやっぱり違うものでしょうかね・・。

どちらも「今」を写して、未来へ光を残す。

目の前に、キラリと光る写したい被写体がある限りはまだまだ精進あるのみ。

どちらも好きなんですが〜。

投稿: いちこ | 2009/10/01 21:07

こんばんは、初めて書き込み致します。
絵画に例えると
写真=写実主義
デジタル=印象派…
って感じ。

生ピアノとシンセサイザーと同じ様に
「別物」
なんですね。

投稿: 猫 | 2009/10/01 21:21

真実とアート 感動しました。
新聞を直接読むのより 眞善さんを介して伝わってこそ
ぐぐっと、伝わって来た内容だったと思おもいます。
眞善さんは やはり 発信側の方なのだぁと思いました。

投稿: 自転車の方です | 2009/10/02 05:22

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