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2008/11/07

うわべ

芝居ってさ、あくまで、うわべなんですよね。

でも、その(うわべ)を作り上げるために、(うわべ)だけじゃ、いけなくて、中身がどれだけのものかってことになる。

で、中身が出来上がっていても、上辺が出来上がってなかったら評価以前の問題だし、上辺が出来上がっていても中身がないと、どうも薄っぺらい。

近頃、僕の経験として、上辺だけな感じを、淋しいかな…味わってしまった。

僕からみても、「おいおい、そんなんでいいの?」というようなくらい。
かえって、僕の方が心配してしまうくらいなわけだ。

どうなんだろう、そういう芝居というのは結末としてどうなるんだろう?って純粋な興味が僕の中にはある。

森進一さんの一件が落ち着いた。それを振り返って考えた時、今の音楽業界では,‘フツウ'に行われてる‘アレンジ’や‘リミックス’なるものは非常に安易なのではないかなと…。

そんな側面もあるんじゃないかと・・・。全てが全てとは言わないけど・・・。

「この歌は、絶対に‘こう’でなきゃならない!」といったような、作品の産みの想い、厚さが、いかほどなのか…と。

この曲は唯一無二、こうでなきゃならない!ってのが作詞家に厚い想いとしてあって、そこに、想定していない言葉が付け加えられただけで、歌わせない、…。

いや、この場合、「だけで」とはならない。

それこそ、作詞家からすれば歌手の反逆に映ってしまったのだろう。

だからこそ、歌わせなかった。

そこまでの想いで歌詞を河内さんは魂込めてつくっていたのだと…。

きっとそういうことで、この一件が大事になったのだと。

劇作家でも、細かくステージングまで‘ト書き’で指示して作品を完成させる作家がいる。

作家の考えている「伝えたい本質」はその「方法」以外に、勝手な演出で伝える手段はないと、作品を生み出したから。

奇抜な演出すりゃいいってもんじゃない。

上辺は華々しくShowになって面白くても、それじゃ意味がない。

でも、‘それ’を良しと評価(なんにもわからずに)しちゃう輩のなんと多いことか…。

上辺だけで判断、評価しちゃまずいよ!

今日の番組で、森進一さんの一件をニュースで扱って、そこから派生して、そんなことまで考えてしまった。

ラジオで、生で、僕が僕の息で、言葉として、このことを伝えた、つまり聴いた方々には伝わったんじゃないかな。

文章では、このニュアンスは、かなり難しい。

でも、伝われば嬉しい。

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コメント

うわべ・・?
日常生活でも、言葉の発し方や受け止め方でうわべが本当や誤解になってしまったりすることが多いと思います。
本末転倒もいいところ・・難しいかもしれません。

音楽ではアレンジ(リミックス)に限らずカヴァーやトリビュートも多くなってきてますね。
創る側、歌う側、聞く側、それぞれに複雑や敏感さが入り混ざっているように思います。

生放送での眞善さんのコメントは、分かりやすくも言葉を選ばれていて、ユーモアも楽しく感じました。
今回、blogの内容を読みながら改めて反省や考えてさせられたりしました。
奥深い内容をありがとうございました。

(長文を失礼しますm(_ _)m)

投稿: くれお | 2008/11/07 02:23

作詞家の気持ちって、よくわからないのですが、
歌って言うのも生き物で、姿を変える場合もあるんじゃないですかね。
いつぞやか、以前、岡田さんの演鑑の講義で、時代の変化で演出が変わることもあるといっていたのを覚えていますが、歌の場合はどうなんでしょうね。
作者が何を伝えたかったのか上辺だけで判断する作り手がいることを岡田さんと同じく残念に思いますが、それが全てだと思い込んでしまう観客もいることも確か。ケースバイケースなんでしょう。

投稿: iruma | 2008/11/09 04:00

アレンジ等の展開を当初から想定してつくっている場合もあるんでしょうね。
いくらでも切り売り可能…とでもいうべき制作構造。
私が好きな歌手はたまたまそういったタイプでした(^^;)
なので、善し悪しは別にして、そういったあり方自体に興味がわいてきました♪

投稿: ai | 2008/11/09 08:30

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