9月、日本で一番売れている軽自動車、ワゴンRがフルモデルチェンジ。
一瞬、アレレ???
なーんて感じていたデザイン、
そしてリニューアルコンセプトだったのだけれど、新型が出て2ヶ月も経つと、その良さがしみじみとわかるようになってきた。
ずばり「いいじゃーん」とばかり感じる。
そこかしこに、デザイナーの努力と葛藤と、突破口を見つけ出すことが出来ます。
それってカーデザイナーという枠組みでなく、人間が努力した痕跡を味わえるって、想像力が広がって、賛同できたり、感心したり。
そして、いらないものとの決別と言う判断、それもいっぱい感じる。
今までのワゴン・・・の定義にとらわれず、実質を優先し、ユーザーの立場に立った決定。
例えばサイドウィンドウをワゴンらしい、片側3つから、2つに減らすとかね。
後方の上端を使いやすさのために水平方向の長さを切り詰めるとか。
つまり数字上の競合他社との張り合いではなく、ユーザーの’’使いやすさ’’に主眼を据えた判断。
あっぱれである。
中に向かって広く広く!ではなく、外でも、広く使えるように。
不要になりがちな空間は外で使えるようにするということ。
大切なところをちゃんと見据えた進化。
都内なんてバイクで走ってると、
高級そうな奥様、恐らく体重50㎏、くらいだろう。
その奥様、50㎏の体、そののちょっとの買い物、移動のために、2000kg.、2トンという物を、ガソリンを使って動かしてる。
なんと非効率的なことか・・・。なんか本末転倒してること明白だ。
それで「環境問題は、やはり・・・」なーんて叫ばれても笑っちゃう。
世の中、効率ばかり追求したらおかしいことになるんだけど、でも、このご時勢で考えると、ちょっとかっこ悪い。
スマートではないのだ。
贅沢は悪いことじゃないよ。でも、無駄遣いはちっとな~・・・。
だからいいんですよ。贅沢なら、納得しましょ。
映画「華麗なるギャッツビー」でロバート・レッド・フォードが、ロールスロイスでわざと噴水に突っ込むシーンがある。
あれは無駄ではないんですよ。彼なりの贅沢です。
彼女の心に対して、ギャッツビーのそれまでの苦労、苦心からの開放という結果を象徴するための対価!という贅沢が存在してるから。
贅沢には贅沢の対価があるんだけど、無駄遣いにはなんの対価もない。
だからそれに、かっこ悪さを感じてしまうのは僕だけではないと思う。
大切なところをちゃんと見据えた進化を、僕らもしなきゃなと教えられるわけです。
さあ、そこでワゴンRですよ。
なんてスマートなことなんだろうか。
僕の車は、この車より大きいけど、こんなサイズの絨毯は積めない。
植木だって積める。野菜の苗もいっぱい積める。
疲れたとき、こんな風に平らにして、休憩として、寝られない。
僕は何を必要としているのか?
現代に白洲次郎が生きていたら、カントリージェントルマンとして、ワゴンRに乗っていたように思う。
もっとシンプルに考えた時、僕の場合はこの車が似合う生活にも憧れているということだ。
ちょっとひねって、AZワゴンもいいかも。
どんどん、この車に惹かれている僕が居る。