Preston Thomas Tucker
プレンストン・トーマス・タッカー (1901-1956) 、
彼にすっごく憧れていた。
1988年に日本でも映画が公開されて、そのポスターを横目で見ながら学校に行ってた。
公開と同時に観る事はできなかったのだけど、それを市民映画会とかで無料で観るチャンスがあってね、喜び勇んで鑑賞しに行った。
今(正確にはちょっと前)ならば、プロジェクトXもんですよ。
ただ、最後、世界的に見たら大々的に成功とは言えなかっただろうから、車自体はプロジェクトXではないかもしれない・・・。しかし、シートベルトのプロジェクトXになりえてる。
人間、一個人の感覚の中では十分に成功です。実話というこの映画。彼は人間として成功したんだと思う。
アメリカで1948年、夢の車が完成。安全性、デザイン性、走行性と、とにかくすばらしい車が出来上がった。最初のフリートこそ、シートベルトをイメージ戦略的に装備出来なかったのだけど、世界で始めて、シートベルトを装備したのもこの車。
それから強化安全ガラスとか。
今では当たり前、いや法令遵守で義務ともなているシートベルト、この概念を考え出した一人の男の自動車会社。タッカー社。そこが作り上げた一台。
アメリカといえばBIG3という、世界的にどう見ても巨大企業があるわけで、
当時、そのBIG3は、タッカーという一人の男の理想が現実になった一台の車に震え慄いた。
一人の男の夢は、家族がいて、支える仲間がいて、信じ合う仲間がいて、知恵を出し合う人間がいて、そして初めて、実現のものとして完成した。そこに夢があったからこそだった。
この車を作るにあたり、お金が必要だった彼は、銀行マンの友達、キャラッツ氏にに言った。
「先週の世論調査で、戦後のアメリカ人が一番欲しがってるものがわかった。この国の87%の人が、まず新しい車が欲しいと答えたんだ。 さて、人々はどっちを買うと思う? 戦前のデトロイトの変わり映えのしないモデルか、未来の車を、今か。 この車を誰が作るか、わかるかい?僕達だ。5年で、ビッグ3に勝つんだ。」
そんな夢から作られた一台、それはBIG3が作ることが出来なかった類の車。
当然、世間でも評判となる。となれば、BIG3は危機感を募らす。
色々な方面から、色々な圧力が加わり、政治的に結局、彼の工場は払い下げられてしまうのだが、それでも51台は作り上げた。
会社は倒産しても、結果、彼の理想、夢は実現した。
その夢の結果、今、タッカー車が存在したこともそうだが、何よりシートベルト、他、多くの安全性の概念、ベースとして実現したといえよう。
この人としての熱さは、絶対に持ち続けたいなと思っている。
既存の考え方を尊重した上で、新たな発想を持って融合できる部分は融合し、捨てなきゃいけない感覚は利用しない。
捨て去るわけではなく、あくまで利用しない。それを必要とした時に、捨て去ってしまっていたら、思い出すのに労力がいる。それならわざわざ捨て去るのではなくて、利用しないだけで良いと思う。
タッカーの車の初期のフリートにシートベルトが着いていなかったのは、そんな理由から。
当時の車は、シートベルトという考え方はなかった。
そこで、タッカーでも、シートベルトを装備すると、発表する際に、
「シートベルトを装備=危険性がある車」、ベルトが必要なほど危険というイメージを煽られないように一応装備していない状態にして発表したという。いわば、一種の迎合。
ただし、自分が自信を持っている何かに対して、それを迎合させることは、絶対にしたくない。独創を存続させるための迎合ならいざ知らず、ただただ、迎合することでしか、己が存続できないようであるなら、その仕事を放棄したも同然と思うのは、僕だけではないはず。
タッカーも発表したフリート、その後のフリートはシートベルトを自信を持って装備。
自分の理想を、迎合の果てに装備しないのではなく、思うままにカタチに実現した。迎合以上の価値があったから。自信があったから。
自信を持つことから、迎合を最小限にとどめる。そして実現させる。
先の銀行マン、後の、彼の会社の経理担当だったキャラッツは、会社は倒産したが、裁判では勝利し、それを喜ぶタッカーに、こう言う。
「しかしもう、車は作れない・・・。」
そんなキャラッツに、タッカーは笑顔で言う。
「 作ったさ。 50台だろうと、5,000万台だろうと、同じ機械だ。大切なのは、アイディアを生み出すこと、そして、何より夢をみることだ」
その自信の結果、プレンストン・タッカーが作った車は51台。うち、現役、46台。フランシス・F・コッポラ監督は、愛車として2台も所有。
製造された車のうち、実に90パーセント以上が今も現役、大切に使われてる。この結果は世界一じゃないかな。夢あってこその結果。
そうなりたい。
今日までで1998年から頑張ってくれていた東芝の洗濯機が引退だ。
今日、バイクだったのに、帰りは雨がドシャ降り。最後に、今日着ていたビショビショになった服を洗った。最初はヨットレースで一緒に頑張ったウェア、それからバイク旅で汚れたジャケット、舞台で汗まみれになったシャツ、色々なものを洗ってくれたこの洗濯機。よく頑張ってくれた。
明日からは新しいのが来る。同じく東芝。東芝の洗濯機が好きな理由。それは、そこに作り手の頑固なまでのこだわりと、理想を感じるから。
洗濯機に、今の自分を重ね考えたら、ブログはタッカーの話題という結論。よくわかんないでしょ!(笑)
この新しい洗濯機が引退する頃は、僕はどうなっているだろう。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (1)




















































































