目に見えないものの価値
形になれば、そこに価値を見つけやすい。
目に見えないけれども、大切なもの。
空気、電力、そんな目に見えないものも、形として目に見えるようになると、対価を払うことが当たり前に感じる。
電力だって、コンセントからの時にはなかなか意識しないけれども、
電池になれば、高いほうがいいんじゃないかと、
プレミアまでついた商品まである。お金を払うことが当然のように感じる。
先日、銭湯でロッカーの横のコンセントから携帯を充電してる大学生がいた。彼にはまったく泥棒の意識なんてない。出先で携帯を充電しようとしたら、コンビニに専用の充電器。798円。
400円の銭湯で298円の電池の価値のある、コンセントからの充電。
確かにコンセントから使われた電力は298円なんてしない。まったく泥棒の意識がないのも、コンセントからの電力に価値を見つけづらいから。なんだろうなー。
水だって、なかなか目に映りづらい。水道からいくらでも流れ出てくる。
でも、ひとたびペットボトルに入って陳列棚にあれば、それこそ普段の蛇口をひねる行為からの何倍も対価を払う。
目に見えにくいものに対して、しっかりと価値を見つけられるようにならなくては、僕の仕事は成立しない。だって扱ってる対象、具体化する対象が人の気持ちという見えないものが相手なのですから。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。



コメント
私たちは、かけがえのないものに日々囲まれてて、当然のような気でいるから、気づかないで生活しているよね(^-^)
しんちゃんさんの視点から、物事を見直すと、考え直さなきゃいけないって思ってしまいました。
「目に見えないけれども、大切なもの」は私たちの周りで、あまりにつつましくて当たり前になっている。そこで、こういう考えが確立できるなんて素敵だなって思ってしまいます★
投稿: のんちゃん | 2005/10/08 14:08
言われてみると確かにそうかも。
今気づいた自分がちょっと恥ずかしい(〃_ 〃)ゞ
見えない価値を、価値あるものとして確立できるとステキですね。
投稿: KEI | 2005/10/06 11:21
目に見えない形で、周りからお世話になりっぱなしの毎日です。
このブログからも、いつも価値のあるモノ受け取ってますよ。
目に見えないから、上手く言えないけど♪
投稿: くどちん | 2005/10/01 01:51